01.早起きして見た、朝焼け


 闇に覆われていた空に、一条の光が差し込む。
 闇に包まれた世界にたった一本の光の柱。

 それは、とてもとても弱々しいように見えるけれど。
 世界の流転と時の流れを味方につけた光は、少しずつ………だけど確実に。
 闇に覆われた世界を、鮮やかな光で満たしていく。



「こんな朝早くに、なにしてるんだ? 」

 けして留まることのない、一瞬一瞬の美しさで人を魅せる暁の空を眺めていると。
全く気配の無かったその空間から、半ば呆れたような声が聞こえてきた。

「珍しく早起きしたから、朝焼けを見てみようと思って」

「はあ? 」
 あっけらかんと答える私の言葉に相当呆れたのか、音もなく唐突に現れた青年の表情はまるで苦虫を噛みつぶしたように歪んでいた。
なまじ非常に整った美貌の主なだけに、そんな表情を浮かべると勿体ないと思わないでもなかったが、歪もうともその美しさを全く失わない美しさには全くもって脱帽する。

「そういう邪羅こそ、こんな朝早くから浮城に来るなんて珍しいじゃないの。
まさかとは思うけど、ラスかリーヴィの寝顔盗み見する為に来たわけ? 」
 浮城に属する護り手でもない邪羅がわざわざここにくる理由となれば、目下彼のお気に入りであるラスことラエスリール、リーヴィことリーヴシェランに関することしかない。
いちいち聞かなくてもわかることだが、なんとはなしに彼をからかってやりたいような衝動に襲われて、気づけば勝手に口から言葉が飛び出していた。

 すると彼は、途端に渋面をより一層深いものへと変える。
 紫を帯びた銀糸の細い髪に、鼻梁の通った顔立ち。きつい顔立ちながらも極上の美女である母に似たのか、彼もまたどことなく氷を彷彿とさせる冷たい鋭利な美貌の主である。
ただ幸いなことに、藤花色の色彩をたたえた双眸には彼本来の性質が如実に表れているので、そのきつさはいささか半減されている。顔立ちそのものは文句なしの美青年だが、浮かべる表情は割と少年っぽいので、無駄にキラキラしい美貌を備えたラスの護り手よりもよほど親近感が沸く。
 そうでなくては、いくら私でもこんな軽口など叩けてはいないだろう。多分。

「なんでそうなるんだよ。……第一、姉ちゃんの部屋に入れるはずないじゃんか」

(まあ、そうだよねぇ……)

 ラスの護り手を自称するかの存在は、それはもうたいへんに独占欲が強い上、どこまでも限りなく自分本位である。それはえてして魔性と呼ばれる者たちの典型的な感情ではあったのだが、いかんせん彼――闇主のそれは一般の魔性のそれを遙かに上回っている。
 ゆえに、邪羅がラスの部屋に入ろうとしたならば、まず間違いなく仕掛けてくるに違いない。それも二度と手を出したくないと思わせるくらいに、陰険かつ性悪な性質の罠を。

「そうだね、あの天上天下唯我独尊傲慢極道大魔王が許さないだろうしね。
でも、リーヴィの方はどうなのよ? 」

「なんでわざわざ小娘の寝顔見る為に浮城まで来る必要があるんだよ。
つくづくも思考回路がどうなってんだか、わかんないよなぁ……」
 そう言って、邪羅はガシガシと頭を掻く。実に人間臭い仕草だが、これは彼が十数年人間として生活してきた為の癖であって、普通の魔性というのはこういう仕草はしないのだそうだ。魔性の王たるその人から聞いたのだから、まず間違いはない。

「じゃあなんでここに来たのよ? 」
 全く相手の意図が読めずに、私は盛大に顔をしかめる羽目になった。
そんな私の心情を知ってか、知らずか。邪羅は肩をくすめてみせると、無造作に腕を伸ばす。伸ばした先にあったのは、私の背から生えた異形の翼だ。
朝日に照らされてもなお、闇に濡れた艶やかな漆黒の色を宿すそれは、今は黄泉の国におわす国生みの女神・伊弉冉尊の力を具現化させたものである。

「お前は無自覚なんだろうけどな、その翼、ものすごい力を放ってるんだぜ?
こんなところでむやみやたらと出さない方がいいんじゃない?」
 何度も目にしているはずなのに、物珍しそうな顔をして翼にぺたぺたと触れる邪羅の姿に苦笑しつつ。私はようやく彼がここへ来た理由を理解することが出来た。

 現実世界で交通事故に遭い、冥土へ旅立つはずだった私の魂は、何の因果か黄泉の国の女帝・伊弉冉尊にすくい上げられた。そして彼女は、私に力を貸してくれることを約束し、新たな生を受けることを許してくれた。……まあ許してくれたとはいえ、生きることを許されたのは、右も左もわからない異世界だったりするわけだが。
仮にも元・国生みの女神であるだけあって、世界の異なるここであってもやはり。伊弉冉尊の力はなかなかに甚大なものであるらしく、それを使役している私もまた、それなりに強い力を用いることが出来ている。

………虎の威を借る狐とは、まさに私のことだ。うん。

「ご丁寧に忠告に来てくれたってわけね」

「そういうこと」
 ようやく私の翼から手を離してくれた邪羅は、なんとも無邪気な笑みを浮かべてくれる。
それが私の心にどれほどの負担をかけているかなんて、まるで気づかないままで。

(全く………これだからお子様は………)

 心の中でそっと悪態をつきながら、それでも私の視線は真っ直ぐに彼へと向いていた。
徐々に顔を見せ始める朝日を受けて、邪羅の不可思議な光彩を宿す銀の髪はきらきらと輝いていた。銀の煌めきを放つ様は、ゆっくりと確実に昇りつつある太陽の金の光と相まって、なんとも言えぬ幻想的かつ美しい風景を醸し出していた。

まさに。ほんの一瞬だけでも目を離すのが惜しい、ベスト・ショットだ。

「……あ、いいアングル」
 両手の指でカメラレンズを人工的に作り上げ、私はそれを邪羅のいる方へと向けた。

「……少しは反省してみろっての」

「愚問ね。私にそんなことが出来るとでも? 」

「………そこでいばるなよな」
 苦笑する相手につられて、苦笑して。私は背に生えていた翼を意図的に消した。
世界でも指折りの力を持つ妖主を両親に持つ邪羅は、そんじょそこらの妖貴よりも格段に強い魔性である。そんな彼から見ても十二分に“力がある”というのなら、下手に放出していると変な連中(妖貴)に目をつけられかねない。それゆえにだ。


「日の出、ね」

「ああ」

 わかりきったことを口にすれば、てっきり無視されると思っていたのに、相手からは一応返事が返ってきた。妙なところで律儀だな、こいつは。

 眩い金の光が、たちまちに世界を染めていく。
 ラエスリールが放つ金の魅了眼とは、微妙に違う色彩を帯びた光。
 生きとし生けるもの全ての命を育み、見守る豊饒の力を持つ太陽のそれは、ゆっくりと。
 それでも確かに、私たちをも包み込んでいく。

 相反するのは、銀の色。
 金と銀と二つの光は、より一層眩い光を放ってそこにある。


「………早起きは三文の得、ってね………」

 なんとなく目が覚めて、なんとなしに日の出でも見ようと思い立っただけのはずなのに。
 まさか朝もはよからこの青年に会えるとは思いもしなかった。
 彼は大概、ラスかリーヴィ目当てにここに来るので、まず二人だけで話をすることなんて出来るはずもなく。そんなこと、夢のまた夢だと思っていたのに。
 思いも寄らないところで、その夢が叶ってしまった。

 これを三文の得と言わずして、何という。
 いやいや三文と言わず、むしろ一両分くらい得した気分だ。


「はあ? 」

 鼻歌でも歌い出したくなるくらいに機嫌の良い私をよそに、私の言ったことわざの意味がわからない邪羅は、わけがわからないとばかりに声を上げたのだった。




post script

 ついに書いてしまったですよ。破妖ドリー夢。
 最近、久々に破妖をまた読み返していたら、猛烈に書きたくなってですね。その上精神的に不安定だったし、お気に入りのお題サイト様でピンとくるお題を発見してしまったから……もうこれは書くしかないだろう!と。

 思い立ちました。

 相も変わらず、トリップ設定のヒロインです。
 しかも微妙な特殊能力付きで、管理人の趣味を反映して邪羅くんに片想い設定で(ごめんよ、ヒロイン)。
 なので、これから気まぐれに書いたとしても必ず邪羅が登場するんだろうなぁ…なんて思います。

初・破妖夢ですが、ご感想・ご要望などありましたら是非とも聞かせて下さいませ。



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