完全にリシャルトの勝利かと思われた矢先―――。



 唐突に、状況は覆された。






「…くだらぬ芝居はそこまでにしてもらおうか、兄さん。」

 わずかな光をも反射するほどに研ぎ澄まされた切っ先が、強引に大気の流れを断ち切った。そして、振り下ろされた大剣の刀身は、リシャルトの首からわずかミリ単位の距離をおいてピタリと静止していた。

「やあ、ヴェルハルト。いつの間に帰っていたんだい。」
 わずかでも身じろぎすれば首に刀身が食い込むというのに、リシャルトはまるで動じた様子もない。そして。大剣を突きつけたまま、青玉の双眸に憤怒の色を露わにしている実弟――ヴェルハルトに向かって、いつも通りの笑みを浮かべて見せた。

「なんとなくイヤな予感がして帰ってみれば……、案の定か。つくづく兄さんとを家で二人きりにさせておくと、兄さんはろくな事をしないな。」
 依然大剣をリシャルトの首に突きつけたままで、ヴェルハルトは背中にをかばうように立ち位置を移動すると、吐き捨てるように言った。

「別にたいしたことをしたわけじゃないさ。
ただが私に構ってくれないから、少し悪戯をしただけで…」
 リシャルトは諸手を挙げて、降参の意志を示す。

「その少しの悪戯で、がずいぶんと怯えているようだが?」
 降参されてはさすがにそのまま剣を突きつけておく訳にもいかず、ヴェルハルトは渋々ながら獲物を背中に背負った鞘へと戻した。

「…まいったな。
私はただを街に行こうと誘うつもりだったのだけれど、つい悪戯が過ぎたかな。」

「…悪戯にしては、あまりに質が悪すぎます!!」
 たいして悪びれた様子もなくリシャルトが言えば、はヴェルハルトの背に身を隠しながら、真っ赤になった顔だけを覗かせて抗議の声を上げる。

が可愛いから悪いんだよ。」
 リシャルトは穏やかな双眸に愛おしむような光を浮かべたまま、再び言葉を紡ぐ。


 その言葉に嘘偽りの香りは、一切ない。

 そしてそんな彼の姿に、アークがククルのことを語る時の姿が重なる。
溢れるほどの愛しさと、全てを包み込むようなあたたかな優しさを兼ねた思い。

 一瞬、胸の奥が切ない痛みを帯びる。

 だがはすぐに、その痛みを無理矢理に追い払う。
なのに、こみ上げてくる涙は構わずに涙腺を伝って頬を濡らしていく。

(だめ…。久々にアーク兄様と会って、心があの時に逆戻りしてる…。)

 少しの間だったけれど、年上の兄弟を持たないにとって、アークは誰よりも優しくてあたたかい兄だった。リシャルトやヴェルハルトとはまた違った優しさをくれた、彼女にとっては家族同然の大事な人。
 その人が、目の前で命を散らしていったあの光景は、今も忘れられない。

約束してくれたのに。
姉同然の存在だったククルが、命失ったそのときに。
自分はけしての傍を離れたりしないと…。

(なのに…!!)


「「…?!」」

 ボロボロと大粒の涙を流すの姿を見て、睨み合いを続けていた(と言っても一方的なものだったが)リシャルトとヴェルハルトの二人は、慌てて彼女のそばに駆け寄る。

「すまない、。お前を怯えさせるつもりは、なかったんだが…!」

「私も少しからかいすぎたね。もうしないから、泣かなくてもいいんだよ。」

 必死でなだめようとする兄二人に、は違うんだと言わんばかりに頭を何度も横に振る。二人のせいではないと言いたくても、堰を切ってあふれ出す涙に邪魔されて、言葉は嗚咽にしかならない。

(ごめんなさい、リシャルト兄様、ヴェルハルト兄様…)

だけど、今だけだから。
今だけは、アーク兄様のことで泣かせて下さい。

 そばにいたヴェルハルトにしがみついて、そこにあるぬくもりを確かめながら。

二度と手に入らないぬくもりを、欲しながら。
心の中にかかった雲が全てなくなるように。

 は、ただひたすらに泣き続けた。




***************


「ごめんなさい、兄様たち。でも、もう平気だから。」

 心の中のもやもやも綺麗さっぱり流されて。
 ようやく泣きやんだは、心配そうな表情で自分を見ている兄二人に、精一杯の笑顔を返した。

「…まあ、それだけ綺麗に笑えるくらいなら大丈夫みたいだね。」
 リシャルトはあたたかな笑顔を浮かべて、の頭を優しく撫でてくれる。

 一方のヴェルハルトはと言えば、額を抑えてあさっての方を向いていた。その顔はと言えば、先ほどのも顔負けなくらいに真っ赤に染まっている。
 その意味がわからないは、不思議そうに首をかしげていたが、リシャルトは弟らしい反応に忍び笑いを隠せなかった。

「…っ。ところで、兄さんはなんのためにを街へ出ようと誘ったんだ?」
 笑いを漏らすリシャルトに文句を言いかけ、その言葉を脇へと無理矢理に押しやったヴェルハルトは、先ほどから気になっていた疑問を兄へとぶつける。

「そうよ!そう言えば、リシャルト兄様はなんで私を街に誘ったの?まだ身体の方が本調子じゃないのに、街へ行くなんて無謀じゃない。」
 ヴェルハルトの疑問は、同時にの疑問でもあった。それゆえに彼女は、ヴェルハルトの質問に付け足すように言葉を続ける。

「街で武闘大会の優勝賞品のお披露目があるから、見に行こうと思ってね。
身体の方は調子がいいから心配ないし、折角の機会だからみんなで街へ行こうと思ったんだよ。」
 そう言うリシャルトの表情は、あくまで穏やかなものだ。
よく見れば顔色もかなり良いようだし、本人の言っていることに偽りはなさそうである。
 そう判断したは、嬉しさ余ってその場で飛び上がった。

「賛成っ!久しぶりにみんなで出かけられるなんて、嬉しいもの!
ね、ヴェルハルト兄様も一緒に行くよね?」
 ヴェルハルトの片腕に抱きつきながら、上目遣いに見上げてくるの瞳が良い返事を心待ちにしてキラキラと輝く。

ヴェルハルトにとって、は何にも代え難い大事な大事な妹であり、同時にひそかな想い人でもあるのだ。そんな彼女の頼みを彼が断るはずがあるだろうか。
…いいや、ない。

 結果。
を腕に抱きつかれているせいで、赤くなった顔を上げられないヴェルハルトと。
そんな弟の様子を人ごとのように眺めて楽しむ、リシャルトと。
ヴェルハルトの心境など全く知らず、無邪気に皆でのお出かけを喜ぶの三人は、久々にパルテの街へ繰り出すこととなったのである。




*後書き…
・ようやっとゲームシナリオ inパルトスに突入!!!
…と言いたいところですが、そのシナリオに入るほんの少し前ですね、時間軸は。
本当はさっさとみんなでパルテに繰り出すはずが、どっかの兄さんのせいで繰り出す前でこんなに頁を使ってしまいましたよ(笑)。
つくづく私が書くと、リシャルト兄さんは大暴走するらしい。
そしていつもいつもいいところで邪魔に入る、ヴェルハルト。
本当はもっとヴェルハルトにもいい思いをさせたいとこですが、いかんせん本文読んでもらってわかる通り、うちのヴェルハルトは奥手です。とことん純情です。
さあて、次こそようやくアレクたちの登場だ(きっと)。
そして頼むから、次は暴走しないで頂戴ねリシャルト兄さん………。


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