英雄の誇りと兄妹の絆と (4)
炎が…、
紅の閃光が、世界を染め尽くす。
放たれた炎は巨大な龍を形取り、それらは枝分かれして三匹の龍と化し。彼らは思い思いに地上を駆けながら、ニセ英雄と盗賊たちに鋭い大きな牙と爪とで襲いかかっていく。
その様は“炎が大地を疾る”、言葉そのもの――――
そうして好き放題に暴れ回った三匹の龍たちは、再び合体すると頭上から彼らを一呑みにし、次の瞬間には大地から吹き出した溶岩が柱となってその場を貫いていた。
……………。
さすが、破壊の申し子。天下の暴れん坊(炎)を統べる紋章だわ…。
今まで様々な真の紋章を見てきたけど、ここまで派手で壮絶な破壊力を持った紋章ってあったっけ? 「破壊神」と呼ばれるこの私ですら、ちょっとばかし驚いたわよ。
「おぉーいっ!!!!こっちは全部片づけ終わったぞ!!!」
「あたしたちの方も全部終わったよ。にしてもさっきのは、すごい爆発だったね。」
炎と爆風、爆風で巻き起こった煙が晴れるころ、残りの盗賊たちを片づけ終えた山賊組&騎士二人と村人の誘導をしていた旅芸人ご一行がようやく到着した。
「しっかし、さっきの爆発はものすごかったッスね、兄貴。
あれもやっぱりがやったんですかい?」
さっきの紋章攻撃で、広場の真ん中にはどでかいクレーターが出来ていた。
それをしげしげと眺めながら訊ねてくるコウユウに、私は素直に首を横に振った。
「じゃないって…それじゃあ。これをやったのは、誰なんだい?」
私の言葉に、一同は驚きに目を見張る。
そうして彼らを代表するように訊ねてきたのは、ロウエン姐さんだ。
「それをやったのは、ここにいるだよ。」
「おい、…。」
咎めてくるに、私は首だけ振り返って告げる。
「今更隠したってしょうがないじゃない?」
「あのなぁ……。」
参ったとばかりに頭を掻く。
しかし、すぐに彼の表情は険しいものになる。
の視線は、まっすぐに彼の名を騙って悪事を繰り返した男へ向けられていた。
あの紋章攻撃のさなかでもニセ英雄が生きていられたのは、ひとえにが攻撃を当てないように配慮していたせいだ。
そうでなければ、あの煉獄の炎によって跡形もなく燃やされていたに違いない。
「ほ、炎の、英雄…だ、と……。馬鹿な…、あれは何十年も前の話……。」
マイクロトフとカミューに後ろ手で縛られ、地面に転がされたニセ英雄は、首だけどうにか上げて悔しげに呻いた。その言葉を聞いた皆が、縄でグルグル巻きにされて芋虫状態のやつに、“阿呆かこいつは”と言わんばかりな視線を送ったことは言うまでもない。
「それはさっき、あんたが俺たちに言ったじゃないか。
『真の紋章を宿した者は、同時に不老の宿命すら手に入れる』ってな。
なら、たかだか50年前の英雄が生きてたっておかしくはないだろ?」
は愛用の棍で肩を叩きながら、あっけらかんと言い放つ。
その表情に、先ほどまでの怒りの感情はまるで見当たらない。
大方紋章の力をぶっ放してすっきりしたというところだろうか。
全くどこまでもお天気屋なんだから、は……。
「わかってるだろうが、さっきのはわざと外してやったんだ。
折角とりとめた命をむざむざと散らしたくなきゃ、その口を噤んだ方が身のためだぜ。」
背筋が凍るような、鋭い視線。
それをまともに向けられたニセ英雄は、開きかけていた口を閉じる。
「さあて、皆が揃ったところで、こいつの正体を拝んでやりやしょうかね!」
妙にうきうきとした口調でそう言ったコウユウが、ニセ英雄の元へと近づいていく。
どうやらよほど仮面の下が気になって仕方ないらしい。
ま、かくいう私もそうなんだけど。
コウユウの手が仮面にかかり、勢いよくそれをはぎ取る。
「お前はっ!!!」
仮面の下に現れた本来のニセ英雄の姿を目にして、驚愕の声を上げたのはやはり。
マイクロトフ。元マチルダ騎士団所属の、今は所属する場所のない騎士だった。
「マイクロトフさんの知り合い?」
「ええ。もっともマイクだけでなく、私も知っている人間ですよ。
元マチルダ騎士団所属、白騎士団長ゴルドーの右腕として働いていたクラント。
騎士団の中では、私と並び称される炎の紋章の使い手であった人です。」
アイリのもっともな問いに答えたのは、カミューだった。
「どおりで太刀筋に覚えがあるはずですね。
彼の剣筋は、マチルダの騎士が使う独特の剣さばきそのものでしたから。」
やっぱし。だから、マイクロトフを“青騎士風情”呼ばわりした訳か。
「では、元マチルダの騎士が……ここで略奪を繰り返していたというのか…!!」
根が純粋で曲がったことの嫌いなマイクロトフは、かつての騎士団残党がグラスランドで略奪をしていたことが許せないのだろう。もてあました激しい怒りを、地面に拳を叩きつけることでなんとか自身を保っているようだった。
「戦いには正と負の両方の面があるってことだ、仕方がないさ。
50年前のあの戦争だってそうだった。
グラスランドでは、あの戦いを“正統”だと言っているし、俺自身も間違えたことをしたとは思っていない。だけどあの戦いのせいで、グラスランドのクランの一つだったルビークは、ハルモニアの奴隷同然になった。そしてそれは、あの戦いの負の部分……なんだろうな。」
遠い目をして語るの姿を、皆はただ見つめていた。
その瞳の先にあるのがなんなのか。
それは私にもわからなかった。
でも、彼の瞳があまりに苦しい光を浮かべていたから。
私は思わずに駆け寄って、彼に抱きついていた。
いきなり抱きついた私を、は何も言わずに優しく抱き返してくれた。
頭を撫でるその手が大きくて、優しくて。
私はこみ上げてくる涙を止めることも出来ず、彼の胸に頭を押しつけていた。
「やはり、貴方が“炎の英雄”なのですね。」
「ああ。今はもう英雄でも何でもない、の保護者兼兄だけどな。」
カミューの言葉に、は口端に軽い笑みを浮かべて答える。
「それにしては、ずいぶんと過保護な保護者だよな。」
ポツリと呟いたナッシュの言葉は、まさしく的を射たものだった。
「うん。それが私の悩みの種でもあるのよ、ナッシュ。」
「おいおい、。そういうつれないことを言うか?
俺は本当にお前が可愛くて大事で大切で仕方ないだけなんだぞ。」
「「だから、それが過保護なんだって。」」
こめかみを人差し指で押さえながら言った私の言葉に、が反論してくる。
が、それに対する私とナッシュの感想は、全く同じものだった。
「それで、こいつの処分はどうするの?」
「ああ、それはあんたたちに任せるさ。
もともと俺もも飯にありつこうと思ってこの村に来たわけだしな。」
そんなの言葉に、私のお腹が思い出したかのようにくうと鳴る。
「そ、そうよ!!早くご飯食べたいーっ!!
もう面倒だから、チシャクランまで行こうよ! 私、久々にサナの手料理が食べたい!!!」
「サナの手料理かぁ…。そういや最近ご無沙汰してたな。
よしっ、じゃあこれからチシャクランまで行くか!」
「きゃーっ、さすがお兄様!!話がわかるーっ!!」
「………ちょっと待て、そこの二人。
任せるって言われても、具体的にどうしろってんだよ。」
ナッシュのもっともな問いに、私は唱えかけた呪文を止める。
「そりゃあ、まずは村人に事情話して私刑にする。で、村人がすっきりするまでボコさせた後で、私がそいつを閻魔大王に裁いてもらって“八貫地獄”にご案内♪」
「……頼むから、その危ない思考をなんとかしろ、。」
「だって、!!
そいつは“炎の英雄”を騙っただけじゃなく、私を犯そうとまでしたんだよ?!
そのくらいしたって、てぬるいくらいじゃない!!!」
「「「「「なんだってっ!!!!!」」」」」
………ん?
今ハモった声って、ギジムやマイクロトフたちのものじゃないよな?
空耳か。
そう私なりの結論を出したのと、ナッシュに向かって一人の少年が歩いてきていたのとは、時間的にそう大差のない時刻だった。
「ねえ、ナッシュ。その男の処分は、僕に任せてくれないかな。」
「さっっ、ササライ様!!!どうしてここに!!」
見覚えのある青を基調としたハルモニアの神官服と光加減で金にも見える鳶色の髪…。
やっぱり、ササライだったか。
ナッシュの悲鳴にも近い叫びが、私の考えをあっさりと肯定していた。
かと思えば。
「久々にソウルイーターが魂を欲しがっていたからな……。
丁度いい獲物がいてくれて助かった。」
「ふうん。だったら、僕も手伝うよ。どうせ暇だったしね。」
最初に口を開いたのは、漆黒の濡れた髪と鮮やかな紫電の双眸が特徴的な少年。
続いて喋ったのは、緑を基調とした法衣を纏ったきつい美貌の少年だ。
どちらもグラスランドにいるはずのない存在であるはずなのだが、彼らにそういう常識は通用しないので、私はそれほどまでには驚かなかった。
彼らは、それぞれ右手に、闇を、風をまとわりつかせ、静かにニセ英雄…もといクラントの方へと一歩一歩近づいていく。
そして。極めつけ。
「ジョウイ……、久しぶりに幼なじみ攻撃の練習でもしようか。
丁度いいサンドバックが現れたことだしさ。」
「ああ、僕もその意見に賛成だよ。。」
金冠を頭にはめた黒髪の少年がそう言って、トンファーを構えれば。
長い銀の髪をうなじ辺りで一つに結わいた少年が、やはり同様に棍を構えた。
来たな。猪突猛進軍主と元ハイランド苦労人皇王の幼なじみコンビ。
「………逃げよう、。」
「…………だな。」
彼らが大集合したところで、私とはひそかに逃げ出していた山賊組と騎士組、旅芸人一座にならってその場をあとにした。
お腹が減っていたのと、奴らに関わるとろくなことがないというのが理由の一つだが、何より畏れていたのは紋章攻撃のとばっちりを喰らうことだ。
真の紋章が四つも扱っている今、何がどうなってもおかしくはない。
そこで私は再び転移呪文を唱え始めると、すぐさま溜まった魔力を解放し、チシャクランへ向けて出発したのであった。
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緑の草原の広がる中に、葡萄畑が道なりに続く小さな村がある。
自家製ワインを村の重要交易品とする、素朴であたたかい田舎の村。
グラスランドの北東に位置するチシャクランは、とサナの生まれ故郷だ。
空間が入れ替わると同時に、吸い込む息に葡萄の甘い香りが混じる。
目を開ければ、黒真珠のように真っ黒で大きな実をたわわとつけた葡萄畑。
周りを360°見渡してみても、葡萄畑は変わらずそこにある。
「いい香りぃ〜…」
甘酸っぱい香りが溢れるなかで、私は思いっきり息を吸い込んだ。
熟れた葡萄の放つ芳醇な香りがこたえたのか、再びおなかがぐうと鳴る。
「ははは。早いところサナの家に行くか。
じゃないと、この辺りの葡萄はみんなに食い尽くされるぞ。」
「そんなわけないでしょうが!!!」
私は思わず拳を振り上げるが、振り下ろしてもあっさりと避けられてしまう。
頬をふくらませて怒る私の頭をポンポンと撫でると、彼はさっさと歩き出す。
笑いながらサナの家へと歩いていくの後ろ姿には、“炎の英雄”の偽物が現れたと聞いたときからあった寂しさは、全く見えない。
からかわれたことはちょっと腹立たしいが、彼が元気になってくれたならそれでいい。
だって、は私の大事なお兄ちゃんだから。
大好きな人が笑ってくれていたら、それだけで私も嬉しいから。
彼の持つ“誇り”に落ちていた翳りが、少しでも取り除かれていたなら。
それで、いいんだ………。
「ちょっと待ってってば!!!」
熟した葡萄の甘い香りが漂う一本道。
この道の先にいるのは、あたたかな笑顔を浮かべたサナ。
の大事な人で、私にとっては大好きなお姉ちゃん。
早く会いたい。
会って、笑い合う二人の姿が見たい。
私は慌てての後を追った。
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コメント
相変わらず本作無視で進んできました、外伝夢。
最後に死ぬはずだったクラント、ちゃっかり生きてます。
生きてますが、真の紋章総攻撃を受ける為だけに生かされたようなものです。それならさっさと死んだ方が良かったかもしれないですね。…ま、クラントだからいいけど。
炎の英雄とヒロインの溺愛兄妹ぶりを少しでも感じ取って頂けたなら、それだけで光栄です。