06. 愛しき君との再会を、心より嬉しく想う…



 結局、今日のところはここに泊めてもらうことになった。

 それにしても、あのセラという女性のあからさまな態度にはビックリしたなぁ。
 初対面であそこまで嫌われたのも、初めてかもしれない。
 何かしたわけでもないんだけどなぁ……。

 う〜ん……、やっぱしそりが合わないってやつ?
 折角美人さんと友達になれるかと思ったのに、残念。




 その夜。けして寝苦しい環境ではなかったんだけど、なぜかすごく寝苦しかった。

 頭の上で何かがモゴモゴと動き出してる感じ?
 とにかく、気味の悪い音が天井からしていたのだ。

(無視よ。無視無視!)

 そう言い聞かせて、再び眠りにつこうとする


 だが。ベッドに横になって目をつむってもいっこうに眠気はこない。
ベッドの上で向きを変えてみたり、ひっくり返ってみたり、あまつや準備体操もどきまでしてみたというのに、全く眠くならないのだ。

(変よ!たとえ地震が起ころうが、世界が破壊されようが眠り続ける自信だけはあったのに!!)

 要は一度寝てしまえば、よほどのことがあっても起きない体質なのだ。
そしてベッドに入れば5分も経たないうちに眠れる特殊体質でもあった。

(とにかく、水でも飲んできてもっかい寝てみるか)

 は観念して、ベッドから起き上がった。





 さすがにこんな真夜中ともなると、皆すっかり寝入っているらしい。

(忍ぶのにはちょうどいい塩梅だわね。)

 は足音を忍ばせながら、こっそりと台所へ向かう。来たばかりで家の構図はまだきちんと覚えてないが、先ほどまでいた部屋の隣に台所がある様子と見当はつけていた。
 台所で水を飲み干して、ようやく一息ついたは、もと来た道を戻っていく。
その途中で、一つだけ明かりのまだついている部屋を発見した。

(あれ、まだ起きてる人いるの?)

 不審に思って、が明かりの漏れてくる部屋へ近づくと、わずかに開いていたドアの隙間から中が垣間見えた。


 中にいたのは、ルックだ。机の上に重ねられた書類に目を通している。

(でもなんでこんな遅くに……?)

 見たところ書類の量もさほど多いようには見えない。わざわざ夜遅くまで起きて仕上げなくても、明日の朝までに済ませてしまえばいいと思うのだが。なにせ、とことん自分の健康に無頓着な彼である。

 なんとはなしに放っておけなくて、は部屋の中に足を踏み入れた。




「書類の整理、ご苦労様。でも少し休んだ方がいいんじゃない?」

 声をかけられて、ルックは顔をわずかに上げた。

「まだ起きてたのかい、

「ちょっと目が冴えちゃって。そういうルックこそ、もう寝たら?眠気をコーヒーで吹き飛ばすなんて荒技使いすぎると、胃がズタズタに荒れちゃうよ?」
 だからさ、今日のところはこれまでにしたら?と、働きかけてみるのだが。

「別に平気だよ。それにこの書類は今日中に終わらせておきたいんだ」

「それくらいなら、明日に回しても何とかなると思うけど…」

 の言うこともいちいちごもっともだ。
ルックの机の上にある書類は、20枚も残っているかいないか。
この程度なら明日に回したところで、さほど苦にもならないだろう。

「少ししかないから、今日中に終わらせたいんだよ」

「だからって、ブラックコーヒーで眠気覚ましてまですることじゃないでしょうに…」

「僕のことはいいから、君こそさっさと寝たら?」
 突き放すように言い放たれて、思わずムッとする
彼がこういう物言いをするのは今に始まったことではないのだが、なぜか無性に腹が立ったのだ。

「せっかく人が心配してやってるのに、そういう言い草はないんじゃないの?!」

「心配して欲しいなんて、頼んだ覚えはないよ。
それに……僕には、君に心配される資格なんてない……」


 てっきり昔のように強気な発言だけが返ってくると思っていたは、思いがけないルックの言葉に戸惑いを覚えた。

 それに…、最後の言葉に込められたのは、一体どんな思い?
まるで彼自身が消えてしまいそうな、儚さを秘めた声色は、彼女が知るルックの持つ性格とはあまりにもかけ離れていて。
 気づけばは、ルックを抱きしめていた。

?」

「あ、いや、これはその……だって、なんだかルックが消えちゃいそうな気がしたから、つい……。ごめん、すぐに離すから……」
 自分でもわからない行動にうろたえて、は慌てて離れようとする。
が、いつの間にか彼女の背中に回されたルックの腕がそれを許さない。

「いいよ。しばらく、このままでいて……」

「え? あ、あの……ルック? 」
 まるで予想だにしなかった反応を返されて、の頭は混乱に陥る。
更に厄介なことに、混乱が身体にまで伝染したのか。心臓の音が、自分の頭の中にまで響くほどに、脈打つ音が早く大きくなっている気さえする。

(うわ〜……、心臓がバックンバックン言ってる…。当然のことながら、ルックには聞こえてる……よねぇ……。)

 相手に、鼓動が高鳴っていることが伝わっている。
そう考えた瞬間、身体中の血が一気に顔まで昇ってきたような気がする。
事実、頬や耳たぶが発熱しているように感じられるくらいだから、ラリサの顔は真っ赤になっていたに違いない。
 せめてもの救いは、紅潮した顔をルックに見られなくてすむこと…くらいだ。




 世界に対する全てのこだわりは、捨てたつもりでいた。
 もとより、こだわりなんてさしてあるつもりもなかった。

 たった一つ、異世界から来たという少女のことを除いて。

 異なる世界の秩序を司る『異界の紋章』を身に宿す、異邦人。
この世界の住人ではないからこそ、紋章の意志で動かされていく世界の運命に束縛されることのない、唯一無二の存在。

 それは、たとえ真の紋章が定めた運命であろうと同様。
 この世界に君臨する神々のいかなる意志も、彼女には届かない。
 仮に届いたところで、彼女を縛ることは出来ない。

 その気になれば、世界そのものを変えることすら出来る力を持つ少女。
 彼女の力を持ってすれば、自分の望みを叶えることも容易い。

 だけど、きっと彼女は望みを叶えてはくれない。
 正義感の強い、平和を愛する少女だから。


 だからこそ、彼女を巻き込むつもりはない。
 二度と戦いに巻き込まれることなく、平和に生きて欲しいと願うから。
 戦争のない国で生まれ育った彼女を戦乱に巻き込むことはない。

 もう、すでに力は揃っている。
 あとは機が熟すのを待つだけなのだから。

 誰よりも彼女を愛しいと思うから。
 だからこそ、彼女を突き放すべきなのだ。
 彼女の幸せを願っているのだから。


 なのに……。


 僕のことを心配だ、という彼女の言葉が胸の奥を熱くする。
 触れられた、このぬくもりを手放したくないとさえ、思ってしまう。
 彼女の、徐々に早くなる鼓動すら愛おしいと思う。

 自分以外の誰にも、渡したくないと、願ってしまうから……。


 君が傍にいるだけで心地よい。
 どれほど心落ち着けようと、抜けることのなかった心の棘。
 それらが、一つ、また一つと抜け落ちていく。

 もう戻れないはずなのに。
 修羅の世界から逃れることは出来ないというのに。

 それでも、君が隣にいる。
 ただそれだけで、まだ戻れるような錯覚さえ覚えてしまう。



「…ね、ルック? 寝るなら、ベッドでちゃんと寝なさいよ。
ほら、連れてってあげるから……」

 気づけば、いつの間にか眠気が襲ってきていた。
ここ数日間、こうした眠気に襲われたことは久しくなかったのに。

 今は、ひどく眠い……。

 に支えられて、倒れそうになりながらもなんとかベッドまで辿り着いた。
 両瞼がひどく重い。
 少しでも気を抜けば、たちまち眠りの世界に意識を持って行かれそうなほどに。


、膝、貸して……」

「……んもぉ、今日だけだからね? 」

 不承不承、それでもは言う通りに膝を貸してくれる。

 あたたかいし、柔らかい。
 人のぬくもりがこれほど落ち着くものだとは、正直言って思わなかった。


「今度は、な………」

 微睡みに誘われつつ、それでもまだかろうじて現実世界に残った意識を総動員して。腕を伸ばせば届く位置にある彼女の後頭部へ、片腕を伸ばし、強引に引き寄せて。小声で愚痴を呟く彼女の口を、有無を言わさず、封じて。

 ……そこまでが限界だった。


 唇を通して広がる、甘やかな味に酔わされて。
 あとはもう、深い眠りの世界に身を任せるだけ……。





「#○▲◇%$〜っ!!!!!!!」

 もはや声すら出ない。
とんでもないことをあっさりとやらかした当人は、ちゃっかりと深い眠りに入ってしまっているので、無理矢理叩き起こすわけにもいかなくて。

 顔中真っ赤になってることを確信しつつ、は手で唇を押さえていた。

 名前を呼ばれて普通に反応したら、いきなり後頭部に彼の手が伸びてきて。
強引に下を向かされた矢先に、アレだ。

(ね、寝ぼけてたのよ!きっと!!!
でなきゃ、あんなことするはずないもんね!!!
うん!そうよ!!そうに決まってる〜!!!!!!)


 一瞬とはいえ、重なった唇は熱を帯びていた。
その熱に反応するように、脈がより一層速くなっていく。より大きく、早くなった胸の鼓動は、頭の中にぐわんぐわん響き渡って、五月蠅いくらいだ。

「ったく、一体何考えてんのよ。あんなに綺麗な人と一緒にいるくせに……」

 セラという名の女性は、同性のラリサの目から見ても文句なしの美女だった。
銀色のサラサラした髪に、一対の青玉を彷彿とさせる透き通った青の瞳。華奢でありながらも、出るべきところはキチンと出ていて、腰はキュッと細くくびれていて。スタイルも抜群。自分と違って、物静かでおしとやかな淑女で、水の精霊か、はたまた女神かと思わせるような、どこか浮世離れした美貌の人だ。


 そのことを思うと、胸が痛む。

 セラは、ずっとルックと一緒にいたのだ。ユーバーに対して放ったあの魔法の威力といい、至近距離で炎系の紋章を発動させるというとんでもない荒技を難なく扱うあの技量といい、彼女はルックと並んでもひけを取らない…優秀な魔術師であることは間違いないだろう。

 それに比べて……、自分はと言えば。

(私なんか面倒かけっぱなしだったもんねぇ……)

 異界の扉を開くために必要だという、尋常ではない魔力の高さ。
それだけならば、セラという女性にも匹敵するかもしれない。
ただ、特筆すべきは、その制御能力の無さ。それこそが自分の紋章の特性の一つなのだと言われても、やはり悔しいものは悔しい。
 情けなさすぎて、泣けてくる。

(紋章の馬鹿野郎。なんで私をこんなところにテレポートさせたのよ!!!)

 心の中でわめいてみても、依然、紋章は沈黙したままだ。


「とりあえず、私も寝るかぁ……」

 考えても答えのでないこと。
 考えていてむなしくなること。

 そんなこと、考えるだけ無駄なので。

 とにかくは、ルックを膝に乗せたまま、後ろの壁により掛かって目を閉じた。





*後書き・・・
・ひたすら書きたかったこのシーン。微妙な感じで終わりましたね。
この時点では、まだルックも神官将ですから、きっと仕事があるんでしょ。
外まで書類を持って行くのかは、不明ですけど・・・・。
やっぱりラブラブ要素も時には必要ですよね。うん。(一人納得)
さあて、次の日はどうするんでしょう?ルックと別れるのか?
続きは見ればわかる!!!(当たり前だ)
でもその前に、ギャグです。の自称保護者さん登場します。