【春を恋恋う思いを、歌に乗せて〜melody.】
季節は丁度三月。暦の上では春…にも関わらず、辺りを吹きゆく風はまだ素肌に冷たい。
隊舎の庭にある木々は冬と同じように枝と幹だけの寒々しい姿を見せているし、わずかな彩りは桃と梅の白や紅の色彩だけである。春の訪れを象徴する鶯色の小さな身体持つウグイスも、ここではまだ一度も見かけたことはない。
そうした結果をまとめてみると、どうやら尸魂界の気候も本州(特に西・東日本)に近い気候であることが判明した。判明したところでどうなるものでもないが。
「……やっぱり桜はまだ、咲かないかな…」
冷たい風が行き交う空を見上げ、私は誰に言うでもなくひとりごちた。
肌に突き刺さる寒気混じりの風は、まだなお冬将軍が辺りを支配する季節の色を色濃く呈している。まだまだあたたかな季節はほど遠そうだ。
「何言ってんの。桜の時期にはまだ早いじゃない」
就業時間内だというのに、私を庭に面した隊舎の廊下へと強引に連れ出してくれた相手――乱菊さんは、半ば呆れの色も混じった答えを返してきた。
「うちの地元は、もうこの時期なら桜が咲くんですよ。南国はあたたかいですから」
ちなみに私の本来暮らす場所は、本州の遙か南に位置する沖縄である。常夏の国…とまではいかないが、四月には海開きがあって九月までは海に入れる温帯気候である。海も珊瑚礁も綺麗でいいところには違いないのだが……、いかんせん大型台風の通り道となっているので、全てがいいことづくしではない。通販だって送料が馬鹿にならないしね。
「なるほど…。でもこっちじゃまだ、せいぜい桃の花止まりね」
「早く春が来て欲しいですね」
春のうららかな陽気は、私の一番好きとする空気であったから。
ほんの何気なしに口から出た呟きであったのだけれども。
乱菊さんはどうやらその私の呟きを聞きつけたようで。
彼女は私の方へと首の向きを回すと、なぜか意味深な眼差しを向けてきた。
「そうねぇ……、確かに春は来て欲しいわよね」
彼女の言い回しや眼差しから察すると、おそらく乱菊さんの言うところの『春』は、季節の春ではなくて『恋をする』という意味で使われる『春』を指しているのだろう。
「そうですね、乱菊さんの言う意味でも春が来てほしいですねぇ……」
しみじみと私がそう言えば、乱菊さんはひどく呆れたような表情を浮かべる。
「報われないわねぇ……」
「はい?」
彼女の言う意味がわからずに、私が首を傾げると。
「なんでもないから、気にしなくていいわよ」
手をパタパタ振る乱菊さんからは、なんとも投げやりな答えが返ってきた。
「はぁ…」
いまいち納得はいかなかったし、突っ込みたいことはたくさんあったのだが。
これ以上聞いても乱菊さんから満足な答えは返ってこないだろう。
そう判断した私は、潔くそれ以上の追求を諦めることにした。
そうしてその代わりに、手元にある物を喚び寄せる。
ヒョウタンによく似た全身に五本の弦をまとわりつかせた、薄茶色の楽器。大人が両腕に抱えて丁度良いくらいの大きさをしているが、その実片手で振り上げられるくらいに軽い。それもそのはず、中身は全て空洞なのだ。音を響かせることを最大の目的とするがゆえに、空洞を多く持つのは全ての楽器に共通する特有の性質である。
「……本当はピアノの方が合うんだろうけど……仕方ないか」
これから奏でようとする曲を脳裏に浮かべ、私は溜息をつきながら呟く。
だがいくら合うからといって、いくらここが庭に面した隊舎の廊下だからといって、いくらなんでもグランドピアノをここに喚び寄せるのはまずかろう。別にピアノならばグランドピアノに拘る必要もないだろうが、普通のピアノにしろ、グランドピアノにしろ、廊下に置いてしまうと通行の邪魔になる。第一全てが古き日本を彷彿とさせる“和”で統一されたこの場に、洋琴を置いてしまうのは……景観にいささかそぐわない。
そんなことを思いながら、私はギターを構える。
見据えるのは、未だに冬の寒々しさを伝えてくる木々が立ち並ぶ庭だ。
それでもあと少し経てば、李や桜、沈丁花、それら数々の花々がこの庭を色とりどりに染め尽くし、見る者を楽しませてくれるはず。
そんな、あたたかな春が。
生命の芽吹きを司る、穏やかにして慈に溢れる季節が。
もうすぐやって来る。
やって来ることを、切に願う。
もうそれほど遠くない、新たな季節を待ち遠しく思いながら。
私はギターに張られた五本の弦を、指の先でゆっくりとつま弾き始めた。
たちまちに流れ出すのは、舞い散る花びらを思わせる綺麗な調べ。
本来ならば美しき黒漆の女神が奏でるべき旋律は、気性の穏やかな青年の声音に取って代わられる。ピアノの女性的な声とは正反対の、柔らかくも男性的なギターの声音が、ゆるゆると流れるように曲を歌い上げていく。
そして前奏を終えて流れる、歌姫の声。
明るく穏やかでありながらも、歌う詞の響きを帯びて。
悲しげながらも、優しく穏やかな歌詞を綺麗に歌い上げていく。
厳しい冬将軍の重圧にも懸命に耐え、優しい春の女神の到来を待ち続けるふきのとう。
遠くもない昔に別れた、愛しい人をひたすらに待ち続ける一途な女の恋心。
淡くも儚い夢、空から降り注ぐ静かで優しい迎梅雨。
美しくも悲しげで、それでいて穏やかな旋律は。
どこまでも優しくて、不思議と聞く者の心を和ませる。
ゆったりと歌い上げられる、優しい想い。
心内で恋焦がれながらも、表にはけして出さぬ芯の強さ。
一昔前の大和撫子を彷彿とさせる詞を、旋律と歌姫が見事に歌い上げていく。
だが、その歌声はちょうど一番の歌詞を歌い切ったところで唐突に途切れた。
歌が途切れたことに気付いた乱菊さんがこちらへと視線を向けてくるが、彼女は前触れもなく私の後ろに現れていた人物に驚くこともなく、ただ一言。
「あ〜あ、やっぱり京楽隊長に先を越されちゃいましたね」
なんとも意味深な、それでいて全くワケのわからない言葉に、私は首を傾げるが。
「そりゃあ、ねぇ。若いのに彼は僕よりもずっと頑なだから、仕方ないよ」
対する京楽隊長はと言えば、しっかりと乱菊さんの言いたいことを理解していたようだ。
そうでなければ、こんな答えを返すことなど出来はしまい。
「ですね。……あら、もう歌うのやめちゃったの? 」
「……こんな状態で、続けろという方が無理ですよ……乱菊さん」
言いながら、私は疲れたように長い溜息を漏らした。
「ですって。京楽隊長、離れてあげて下さいよ〜。
隊長がそうやってしがみついてるから、が歌うに歌えないじゃないですか」
「そんな細かいことは気にしない、気にしない。続けて、ちゃん」
「……続けてと言われましても、これじゃあ続けられませんよ…」
私は苦々しげに呟きながら、構えていたギターを胸の前で抱きかかえた。
居酒屋の若女将という職業上、酔っ払いに抱きつかれたりすることは日常茶飯時ではあるのだが。あいにくと眼福に値する容姿持つ相手に抱きつかれることには慣れていないのだ。
まして、ここは私がハマって読んでいた漫画の世界。おまけに相手は一番贔屓ではないにしろ、素敵だなぁなんて思っていた相手であるからして。背中から抱き込むようにしっかりと抱きしめられては、とてもではないが平常心を保っていられないではないか。
「そんなこと言わないでさぁ……、続けてくれないかなぁ。
それともやっぱり僕なんかのお願いは、聞けない? 」
「…………京楽隊長。そういう言い方は卑怯ですよ」
軽く睨みつけてみても、相手はまるで動じた様子もない。
もとより彼は、私がどんな反応を返してくるのか承知の上で、全ての言葉を仕掛けてくるのだから。全くもって質が悪い。
「卑怯だなんて心外だなぁ。僕はただ本当に思ったことを言ってるだけだよ? 」
京楽隊長は茶目っ気たっぷりに言葉を紡ぎ出すが、黒褐色の双眸に浮かぶ光には遊戯を楽しむ色はない。その瞳に浮かぶのは、道化にも似た声音とは正反対の深い知性の光。それはまごうことなく、巫山戯たような態度を取ることも少なくない彼の、本来持つ一面であり真実の姿でもある。
「それが十二分に卑怯だと言うんです」
押しても引いても一筋縄ではいかない相手。
だからこそ何を言ったところで無駄だとわかっていながらも、私は言わずにはいられない。
「だってこうでもしないと、ちゃんをずっと僕のそばに繋ぎ止めておけないからね」
柔らかな曲線を描く黒褐色の髪が、ふわりと頬をくすぐる。
さらに強く抱き留められて、耳元で囁かれる声音は低くて深みのある低音域。
年相応の渋さと色気のあるその声音と含みのある言葉に、私は知らずうちに顔へ熱が上がってくるのを止めることが出来なかった。
「……そ、そういう言葉は、言うべき相手を選んでですね……」
「勿論、ちゃんと選んでるさ。僕がこんな言葉をあげるのは、君だけだよ」
「……………」
これが茶目っ気たっぷり、からかいの響きを帯びた言葉であるならば『茶化さないで下さい』の一言で一蹴しているところなのだが。真剣みを帯びた声音で囁かれてしまうと、次に続ける言葉もリアクションすらも無くなってしまう。
というか、私にこの状況をどうしろと……???
「だからね、ちゃん………」
「いい加減にしやがれ、エロおやじが」
京楽隊長の言葉を遮るようにして降ってきたのは、少年らしさを程よく残しつつも青年とも通用しそうな音域の声音。まだ完全に声域が下がりきっていないテノールの声色には、若々しい活発的な雰囲気よりも、年不相応に落ち着き払った雰囲気が色濃く残る。
「誰かと思えば日番谷じゃないか。まだ就業時間なのに、仕事はしなくてもいいのかい? 」
……それをよりによって貴方が言いますか、京楽隊長???
「その言葉はお前にそっくり返してやる。そんなことより、さっさとを放しやがれ。
ったく……うちの隊員に手を出すなと何度言えばわかるんだよ、てめぇは」
ところどころに怒気の混じる強い口調で吐き捨てると、日番谷隊長は腕組みしたままでズカズカとこちらへ近づいてきて、私たちのすぐそばで足を止める。
「大丈夫だよ。僕が構いたくて仕方ないのは、あくまでちゃんだけだから」
「もうちの隊員だ。勝手に手ぇ出してんじゃねえよ」
日番谷隊長の鮮やかな翡翠の双眸が、より一層鋭い光を帯びる。
「別に僕は、この子を取って食べようとしているわけじゃあないんだからさぁ。
そうムキになりなさんな。若い身空でそんなに眉間に皺よらせるもんじゃないよ」
どうどうと暴れ馬を宥めるような様子であっけらかんと言い放つ京楽隊長の言葉がまともに地雷を踏み抜いたのか、日番谷隊長の額に走る皺が更に数本増える。
「皺寄せざるを得ない状況を作り出してる張本人のてめぇが言うな!!! 」
激昂する日番谷隊長が発した言葉は、私がひそかに心の中で思っていたことと寸分変わらないものだった。案外と乱菊さんも心の中で同じことを思っていたかもしれない。
というか……今のは日番谷隊長じゃなくても頭に来るって、絶対に。
「まあまあまあ、落ち着きなさいよ。それより日番谷、君だってちゃんの歌を聴きたいと思うだろう? 君からも頼んでくれないかなぁ」
「おっさんと仲良く一緒に聞くなんざ、死んでも御免だ」
どきっぱりと言い切る日番谷隊長の言葉には、容赦のよの字もない。
「言われちゃいましたね、京楽隊長」
私たちのいるところから少し離れた場所で、呑気に高みの見物をしていた乱菊さんからも突っ込みが入る。
「そこでフォローの一つもしてくれても構わないんじゃないの、乱菊? 」
「私は隊長の味方ですから」
お互い酒好きとのこともあり、飲み友達として面識のある京楽隊長と乱菊さんだが。
それでもやはり日番谷隊長の方に味方するらしい。さすがは副隊長だ。
「ひどいなぁ……」
やれやれと肩をすくめる京楽隊長だけれども、残念ながら彼に同情する余地は全くない。
「あの、日番谷隊長。お茶、煎れましょうか? 」
私はピリピリしている隊長に向かって、さりげなく問いかける。
真面目に仕事をしていた隊長がここにいる理由はただ一つ。休息の為だろう。
それならば、温かいお茶と茶菓子を用意するくらいのこと、して当然のはずだ。
せめてこんな時くらい役に立たねば、何の為に十番隊員になったのかわからない。
「別にいい。それより、あんまり後ろが鬱陶しかったら斬魄刀で遠慮無く刺せ」
だが対する隊長の答えは、あまりにもあっさりとした拒否の言葉だ。
それでも相手が日番谷隊長であったから、私はそれほど落ち込む必要もなかった。
年頃の少年らしい不器用な一面を持つ彼は、ぶっきらぼうで言葉が荒い。そのことを短い付き合いながらも、十二分に承知していたから。
「………日番谷隊長、私に罪人になれと仰るんですか……」
「んなこと言うかよ。ただ京楽を甘やかすなと言いたいだけだ。つけ上がるぞ」
きっぱりと言い放つ日番谷隊長の言葉は、ある意味実に正鵠を得ていたから。
「………はあ、なるほど。確かに隊長の言うことも一理ありますね」
私は両腕に抱えていたギターを本来の姿――刀身が自分の身長ほどもある長刀――斬魄刀へと戻した。蛇足ながら説明しておくと、先ほど持っていたギターは私の斬魄刀が変化した姿なのであるからして、始解を解けば本来の姿へと戻るのである。
「……ちゃんも時々容赦ないなぁ…。まあそういうところも好きだけどね」
私が両腕に斬魄刀を抱えているにも関わらず、京楽隊長は危機感一つ無い。もとより私が本気で刺せるとは思っていないのだろう(事実私も刺せるとは思えないし)。
相も変わらず京楽隊長は、私を抱き寄せる両腕に入った力を緩める気は全くないらしい。
そんな相手に対して、日番谷隊長はと言えば。
完全に据わりきった翡翠の双眸に、怒りの炎すら浮かべながら口を開いた。
「、俺が許す。今すぐそいつを刺せ」
「……それって隊長命令ですか? 」
「似たようなものだ」
幾度にわたる忠告にも耳を貸さない相手に対して、憤りを感じるのは無理もない。
無理もないけれど……、隊長、それはいくらなんでもまずいのでは???
「日番谷、ちゃんの綺麗な手を汚させようとするなんてひどいじゃないか。
わかった、わかった。ここは僕の方がおとなしく引き下がろう。僕の方が日番谷よりもずっと大人だからねぇ。たまには大人の余裕を見せてみるのも悪くないよね、うん」
やれやれと肩をすくめると、ようやく私の動きを束縛していた京楽隊長の両腕がほどかれる。内心残念だと思いつつも、私はホッと胸を撫で下ろし、その場に立ち上がって幾分相手から距離を取った。
「とっとといなくなれ、年中常春野郎」
距離を取ったところで、日番谷隊長に腕を強く引っ張られて。
気付けば隊長が私より一歩前に出る形になる。
庇われてる…ような感じもしないでもないが、実際のところはどうなんだろう。
「若いねぇ。若いゆえの無鉄砲というか、余裕が無さ過ぎるよ。
まあ……その方が、ちゃんに年上の魅力をより一層伝えられるわけで、僕としてはありがたいけどねぇ」
京楽隊長の場合、“大人の余裕”と呼べるのは稀で、大半が“ただでは食えない”という印象の方がより強いのだけれど……、とりあえずは言わないでおこう。
「京楽隊長、日番谷隊長をからかうのもほどほどにした方がいいと思いますよ」
私はふと廊下の向こうから歩いてくる人物に目を留めて、何気なく忠告してみる。
別に忠告する義理はないのだが、そうでもしないと彼はなおも日番谷隊長をからかい続けることは目に見えている。
ヒラとはいえ、私も十番隊に所属する死神。
まして日番谷隊長には、なにかとお世話になっている身である。
それゆえに、隊長に対してやや贔屓目が入ってしまうというか、より関心がいってしまうのは否めない。……京楽隊長には大変申し訳ないのだけれど。
「そうみたいですねぇ。うわ〜、七緒ってば随分とおかんむり」
面白そうに隊長二人のやり取りを傍観していた乱菊さんも、私と同じように廊下の向こうへと視線を向け……、更に面白いものを見つけたとばかりにほくそ笑む。
「………それじゃあ、僕はこれで」
乱菊さんの言葉を聞くなり、京楽隊長は何気ない振りを装ってその場を去る。
瞬歩でも使ったのだろうか。思いの外、逃げ足が速い。
……もっとも、京楽隊長と市丸隊長に限り、“慣れ”もありそうだけど。
「どこが大人の余裕だよ。聞いて呆れるぜ」
一足遅れに駆けつけてきた伊勢副隊長へ京楽隊長の逃げ先を指で指し示しながら、日番谷隊長はきっぱりと吐き捨てる。
「……そうですよねぇ……。それに私的意見になりますが、“大人の余裕”といったら、やっぱり卯ノ花隊長か浮竹隊長みたいな感じが理想ですね、やっぱり」
隊長同士の言い争いも十一番隊員の不満不平も、微笑みを浮かべたままでサックリと撃退する卯ノ花隊長の毅然とした態度の中に見られる余裕。自分自身の負の感情を押し殺し、周囲の人間にそれを悟られることなく、不安に駆られる皆を励ますことの出来る浮竹隊長の姿には、不思議と大人の余裕が感じられる。
いささか贔屓じみた感覚であるが、仕方ない。なにせ漫画を愛読するなかでも、卯ノ花隊長と浮竹隊長は私のご贔屓キャラだったのだから。
そして現在、実際に尸魂界へ来られるようになってからも、未だに彼らは私の“一番”を占め続けている。彼らは、いわば私の理想の大人像だ。
「卯ノ花はともかく、浮竹かよ」
「浮竹隊長だって素敵な方じゃないですか。
京楽隊長よりもずっと大人だし、心も広いし、優しいし。私の理想ですよ」
たちまちに表情を歪める日番谷隊長に対して、即座に私は反論を返す。
ファザコンだと思われたくはないので、隊長にも詳しく説明はしないけれど。
浮竹隊長は亡くなった私の父にどことなく雰囲気が似ているのだ。
ゆえに。私が浮竹隊長に対して贔屓目になりがちなのは、隊長本人の人間性や魅力は勿論のことだが、おそらくはこの辺りの要因がかなり大きいと思われる。
「……………」
「あの、日番谷隊長? 」
なぜか機嫌を損ねたらしい隊長に声をかけてみるけれど。
日番谷隊長は無言のままで、その場にどっかりと腰を降ろしてしまう。
「…………歌」
「はい? 」
一瞬、言われた意味がわからずに思わず聞き返す。
「京楽の馬鹿が来たせいで、途切れたままだろうが。
変なところで途切れて気持ち悪い。だからさっさと続けろ」
私から視線を背けたまま、言うなればそっぽを向いたままで催促してくる様は。
言葉にはしないけれど、まるで意地を張る子供みたいで可愛い。
「…………はい」
いつも大人びた顔を見せる隊長の、年相応な表情は。
彼が心を許している相手にしか見せることのない、隠れた一面。
ならば私は、少なからず日番谷隊長が心を許せる相手の一人なのだろうか。
自惚れすぎだと思いつつも、私は表情が緩むのを押さえられなかった。
「? 」
訝しげに問うてくる隊長に、完全に緩みきった笑みを向けて。
私は持っていた斬魄刀を再びギターの形へと変化させる。
ひとたび弦をつま弾けば。
たちまちに美しくも悲しげな繊細な旋律が零れ出す。
哀と和、凛と柔。
優しくささやく詞は、どこまでも前向きで。
あたたかく、穏和な印象すら聞く者に与える。
それはまさに、“春”の属性そのもの。
「いつか絶対に、浮竹も卯ノ花も超えてやる………」
かすかに呟かれた言葉は、私の耳にかすかに届くよりも前。
春に焦がれる調べによって遮られ、虚空に掻き消えるーーーー。
ゆったりと過ぎゆく刻。
冬の寒さが和らぐ頃には、穏やかな春が到来する。
過ぎ去らぬ冬などない。
春がやってこないことはありえない。
止まることなく、悠久に流れ続ける刻の流れ。
それは舞い散る花弁のように、儚く。
過ぎゆく清流の流れのように、清らかで。
愛しい君の微笑みのように、あたたかくも優しい。
春を思い、別れた恋恋う人を想う心が待ち焦がれるのは。
浅き夢のように儚く、目も遙か先に来るであろう未来。
*後書き*
・夢企画「春うらら」に提出した作品です。コンセプトは「春よ来い」。
一応日番谷隊長夢のはずが、京楽隊長がやたらと出張る出張る…。
敢えて分類するならば、前半京楽夢・後半日番谷夢って感じでしょうか。
挙げ句の果てに途中でさりげなく管理人贔屓が……、誰とは言いませんが。
話中でヒロインが歌っているのは、松任谷由実さんの「春よ、来い」。
曲調も歌詞も綺麗で優しくて、大好きな歌の一つです。
ひそかにこの話のイメージソングだったりします。
(06.04.15up)