No.1_5...【冬の獅子王の微笑みに、春の息吹は目覚める】



「こんにちは〜、日番谷隊長はいらっしゃいますか? 」

 私がやって来たのは、可愛くて小さな隊長さんが統率する十番隊の隊首室。隊首室というのは、文字通り隊長格の人が与えられた一部屋のことで、いわば隊長専用の執務室のことだ。
書類整理を主とする十番隊は文字通り、書類整理に忙殺されていた。その中で、私は邪魔にならないように通り抜けて、こっそりとようやく目的の場所――十番隊隊首室に辿り着くと、とりあえず障子を閉め切った部屋の中目がけて声をかけてみた。

 反応は………ない。

「……留守? 」
 ならば仕方ないかと踵を翻そうとすると、中から声が帰ってきた。

「用があるならさっさと入ってこい」
 ぶっきらぼうで、いかにも機嫌の悪そうな少年の声がする。
とはいえ、ここの隊長が不機嫌そうにしているのはいつものことなので。

「それじゃあ、お言葉に甘えまして。失礼しま〜す! 」
 さほど気に掛ける事もなく、お言葉に甘えて私が中へ入ると。
隊長のいるであろう机の周りには、大量の書類が山のように積み上げられていた。

「ったくいい気なもんだぜ。こっちは忙しくて猫の手も借りたいってのに」
 書類の山の影からひょいと顔を出したのは、まだ幼さを残した少年だ。
月光を集めて織りなしたように見事な銀色の髪に、生命力溢れる輝きを宿す鮮やかな一対の翡翠。機嫌がいささかよろしくないのか、眉間に皺を寄せたその表情は実に見慣れたものではあったのだが、それが持ち前の端整な美貌にいささか翳りを落としている。
つくづく勿体ない。勿体ないけれど、逆にその翳りが彼の美貌に更なる味を持たせている事もまた事実である。

「相変わらずの書類の山だね〜、冬獅子君。君も若いのに大変だ、うん」
 しかめっ面で出迎えてくれる部屋の主に手を振って、私はさくさくと中へ中へと足を勧めていく。

「冬獅子じゃなくて冬獅郎だ! ったく、何度言えばわかるんだてめぇは! 」

「別にいいじゃん、冬獅子君で。子ライオンみたいで可愛いし」
 怒鳴る相手のすぐそばに腰を落ち着けると、私は冬獅子君の髪に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫で回す。一見すると硬そうに見える銀髪だが、実は触ってみると意外にも柔らかいことを知っている人間はそう多くないことだろう。

「邪魔するだけで用がないならさっさと帰れ! 」
 厳しく言い放つと、冬獅郎君は頭を撫でる私の手を払いのける。

「……じゃあ、シロちゃん? 」
 彼の幼馴染みである雛ちゃん(雛森桃)が昔呼んでいた呼び名で呼ぶと、彼はカッと耳まで赤くなって怒鳴る。

「その名前で呼ぶな!!! 」

「それじゃあ、ひっつん? 」

「ふざけるな! つーか、お前は普通の隊員だろうが! 日番谷隊長と呼べ!! 」

「意外に上下関係に五月蠅いよね、日番谷隊長って」

「お前にだけは特別だ。で、何の用だ」
 付き合うのも馬鹿らしいとばかりに、書類整理へと神経の半数を集中させ始めた冬獅郎君は、ぶっきらぼうこの上ない言いぐさで言い放つ。

「……今日がどんな日だってことは、日番谷隊長でもご存じよね? 」

「俺でもってのは、どういう意味だ」
 冬獅郎君は、ムッとした表情で書類から顔を上げる。
この辺がまだまだ詰めが甘いというのだ。朽木隊長なんて、私の話す事を聞いてるのか聞いてないのか。書類を片づける手を全く止めないままで、私と会話してるぞ。いつも。

「ウブで雛ちゃんラブなのに未だ告白も出来てない一途な少年は、あんましこういう行事には興味なさそうだから。あ、でも乱菊さんから無理矢理聞かされてるよね、きっと」

「……てめぇの妄想に俺と雛森を巻き込むな。つか、何度もいわせんな。雛森は身内みたいなもんで、そういう色恋沙汰とはまるで関係ないんだよ」
 ウンザリとして吐き捨てる冬獅郎君の態度から見るに、やはり『冬獅郎君→雛ちゃん』という公式はたいていの隊員たちの頭にインプットされた情報であったようだ。

「身内って事は、雛ちゃんが奥さんって事でしょ? 」
 多分冬獅郎君は、家族(姉弟感覚なのかな)として雛ちゃんが大事なんだろうけどね。家族の中には、“妻”だって含まれるわけで。私は彼の言いたい事を十二分に知っていながらも、敢えてからかう為に言ってみたのだが。

「阿呆」

 一言できっぱりと叩き返されてしまうと、さすがに二の句が継げなくなってしまう。

「……つれないなぁ、冬獅郎君は。もうちょっとお姉さんと遊んでくれても良いのに」

「誰が“お姉さん”だ。女神見習いだがなんだか知らないが、俺より実年齢年下だろうが」
 いかにも偉そうにーー隊長だから事実偉いのだがーー腕組みしながら、あっさりと言ってのける。

「まあそれは置いておいて。今日は“何の日”でしょう? 」

「知るかよ」
 対する冬獅郎君の答えは、即日回答ならぬ即瞬回答だった。

「乱菊さんから聞いてないの? 」

「知らんと言ったら知らん。松本が何か言ってた気もするが、全部聞き流してたからな」

「おやおや。若いのに勿体ないなぁ」

「おやじみたいな事言ってンじゃねぇよ。
言う事がおやじくさくなってるぞ。浮竹と一緒にいるせいか? 」

「浮竹隊長は関係ない! てか、隊長のどこがおやじよ! 京楽隊長ならともかく!! 」
 確かに浮竹隊長の定期往診係をしているだけあって、それ相応に彼とは面識もあるし、会う時間も非常に長い。だけど誓って言うが、浮竹隊長はベタベタのおやじ的な話し方はしない。それなら彼の同期であるセクハラおやじ…もとい京楽隊長の方がよほどおやじだ。

「………で、今日は“何の日”だって? 」
 こちらへ向けられる冬獅郎君の視線は、やけに冷たい。

「今日は恋する乙女が意中の男性にプレゼントをあげると共に想いを告げる日なのよ! 」

「で? 」

 盛り上がりに欠けるリアクションだなぁ……もぉ。

「で、って言われても…。
てか、冬獅郎君なら女の子からいろいろもらってんじゃないの? 」

 もらってねえよ、なんて答えが返ってくるのを予想していたのだけれど。
 返ってきた答えは、私が全く予想していなかったものだった。

「全部返した」

「はあ?! 」

「その想いとやらに応える気もないのに、物だけもらえるかよ」
 きっぱりと告げる冬獅郎君の言葉には、真摯な色が見え隠れしていた。
バレンタインそのものの意味は知らなくても、彼に物をあげるついでに想いを打ち明けた乙女の心を、彼なりに真摯に受け止めていたのだ。

 つくづく大人な考え方の出来る人だ、冬獅郎君は。

「………ほんと、冬獅郎君って時々、大人よりもよっぽど大人だよねぇ。
それとももしかして、誰かもらいたい人がいるとか? 」
 心底感心していたのもほんの束の間のこと。
すぐに私は、再び冬獅郎君からかい姿勢に入った。

「いねぇーよ」

「勿体ないなぁ…。でもそれじゃあ、私も渡すのやめとこ。
どうせ受け取ってくれないんだろうし、あとで自分で食べて……」
 現世で材料調達して、折角手作りで作ったチョコだけど。
突き返されるのがわかっているのに、あげるつもりはない。

 だって、この場合。
 突き返す方も、突き返される方も相応に精神的ダメージを負ってしまうから。


 それならここに留まる理由はないと、仕方なく重い腰を上げようとしたときだ。

「誰も受け取らないとは言ってないだろうが」
 相変わらず不機嫌そうな声音が、私の動きを束縛する。

 腰を上げかけた姿勢のまま、首だけを相手に向けて、私は問うた。

「さっきは全部返したって言ってたじゃないの」

 言ってる事が矛盾していることを指摘してやれば、なぜか彼はそっぽを向いてしまう。

「お前は例外だ」


 …………へ?
 それって、単純にとれば「私が特別」ってことよね?


 …いやいや。勝手に良い方に解釈して、想像をふくらませるのはよくない。
 それよりも、もう少し彼から情報を集める方が先だ。

「なんでまた、私だけ例外なの? 」

 単刀直入に聞いてみれば、冬獅郎君は頬を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。

「うるせぇ、渡す気があるならさっさと渡せ、その気がないなら帰れ! 仕事の邪魔だ! 」

 なんで怒鳴るかな、そこで。

「………素直じゃないなあ。はいこれ。ところでこれ、義理でしょうか、本命でしょうか?
当ててご覧。当たったら、特別に一つだけ願い事を叶えてあげるよ〜♪ 」

、てめぇ……あくまで俺をガキ扱いしやがるつもりか」

「まあまあまあ。さあ答えてみよう! 」



「答えは大本命! 」

 一発回答ありがとう、と言いたいところだけれど。
 まさに私の本音をズバリと言い当てたのは、冬獅郎君の声ではなかった。


「乱菊さん、いたんですか?! 」
 音もなく障子を開けて隊首室に入ってきた美女の姿に、私は目を丸くする。
まさか彼女が近くにいたなんて、全然気付かなかったのだ。

 もっとも。冬獅郎君も、今の今まで全く気付いていなかったようだけれど。

「あらやだ。隊長も気付いてなかったんですか?
いくら好きな子が目の前にいるからって、周りへの警戒を怠るのはまずいですよ〜」

 揶揄を含んだ乱菊さんの言葉に、冬獅郎君の顔が一気に怒りで赤く染まる。

「松本!! 」

「違います! これは義理です! 義理!!! 」

 どさくさに紛れて叫ぶ私だが。
 乱菊さんは肩をすくめると、あっさりとその嘘を暴露してくれる。

……あんた、自分じゃ気付いてないんだろうけどさ。
顔を見れば、あんたが嘘ついてるかそうじゃないかなんて一目瞭然なんだよ?
耳まで真っ赤にした顔で『義理だ』って言われても、説得力に欠けるよ」

「*@#%&〜っっっ」
 乱菊さんの鋭い指摘に、私は両耳たぶを押さえて縮こまる。
耳たぶを押さえる手が熱く感じるのは、多分頭に昇ってきた血のせいだ。

「それから隊長も、いい加減に素直になったらいかがです?
さっきの『お前は例外だ』なんて、なかなか良い口説き台詞でしたよ。その調子でガンガン攻めていかないと、この子には到底想いなんて伝わりませんよぉ〜? 」
 にまにまと笑みを浮かべながら、冬獅郎君をからかう乱菊さんだけれど。
……一体どこら辺から、彼女は盗み聞きしていたんだろうか。

「うるせぇ! いいからお前はさっさと残りの仕事を片づけろ!!! 」
 実に正論、というか上司として当然の発言をする冬獅郎君。
だが一方の乱菊さんは、まるでそれに取り合うつもりはないのだろうか。

「え〜、隊長との恋の行方が気になって、ロクに仕事に手なんてつきません」

「いい加減にしねぇと、書類の量倍に増やすぞ」
 眉間に走る皺の数を更に増やして、不機嫌MAX状態でもう一度、上司としての冬獅郎君の叱責が乱菊さんに与えられる。

 すると。

「さあて、それじゃあ私は仕事にとりかかりますね。あとはごゆっくり★ 」
 ヒラヒラと手を振って、言いたい事を言い尽くしたのか。
乱菊さんはニコニコと笑顔を浮かべたままで、隊首室を出て行った。

 というより……やっぱ、書類の量増やされるのが嫌だったんだろう。きっと。



 そして彼女がいなくなった後、残されたのはなんとも気まずい状態の私たち。
お互いに続ける言葉が思い浮かばず、ただただ二人の間には沈黙が横たわる。


 互いに沈黙を貫き通すそんな中で、先に口を開いたのは冬獅郎君だった。

「………で、結局これは義理なのか、本命なのか。そこら辺はっきりさせろ」
 相も変わらぬ仏頂面で、一番言いづらい事をダイレクトについてくる。

「……………申し訳ありませんが、本命です。それ」
 聞かれて嘘を答えるわけにもいかず、私は申し訳なく思いつつも真実を白状した。

「なんでそこで謝るんだよ」

「え、だって迷惑そうだし」
 困惑半分で私が答えれば、冬獅郎君は頭を掻きながら溜息を一つ吐き出した。

「誰が、いつ、迷惑だなんて言った? 」

 ジロリと睨みつけられて、私は思わず諸手を挙げる。

「へ? 」

「お前の想いに応えてやるって言ってんだ。
突き返したりしないから、さっさとそれ寄越せ」
 私の方は見ないまま、手だけを突きだしてそこまでまくし立てる冬獅郎君だが。
その頬はだいぶ赤く染まっている。

「………寄越せ、って………」
 いきなり要求されて、戸惑う私に。

未だあさっての方を向いたままで、冬獅郎君は言葉を重ねる。

「もともとそいつを俺に渡す為に来たんだろうが」

「そりゃあそうだけど……………うへっ? 」
 なんだかありがたみがないなぁ…なんて思いながら、懐から本命チョコの入った箱を取り出そうとしていると。いきなり腕を強く引かれて、私の上体が意志に反して大きく前へと傾いた。ちょうど両手共に塞がっていたところだったので、そのまま畳に鼻の頭からめりこむしか他になく、ギュッと目を瞑る私だが。

 倒れ込むはずの身体が、途中で止まる。

 驚いて目を開けば、鮮やかな一対の翡翠が間近にあった。


「さっき言っただろ。お前だけは“特別”だってな」
 そう言って不敵に微笑む彼の双眸には、私の姿が映し出されていた。

 唇の端を上げて不敵に微笑むその姿は、初めて出逢った時と寸分の違いもなく。
大人になりきれていない少年特有の透明な輝きと、年不相応な余裕とが混在し合う。

 その。釣り合うようで釣り合わない、不安定な魅力が。

 何よりも、私の心を惹き付けてやまないーーーーーー。



「ずっと………、初めて会ったときからずっと、貴方に惹かれてた。
私……、貴方が好きです。あの時から、今もずっと………」

 至近距離に迫る翡翠の双眸が、かの人の何もかもが愛おしい。

 そう想えるようになったのは、多分、初めて会ったあの時から。


 すると。鮮やかな翡翠の双眸に灯る光が、かすかに和らぐ。


「…………ああ、俺もだ」
 今までに見た事のない優しい光を瞳にたたえて、ふわりと冬獅郎君が微笑んだ。

 満面の笑み。極上の笑み。
 そう称するに値する彼の微笑みは、今、私だけに向けられている。

 私の為、だけにーーーーー。



「冬獅郎………」






 それ以上、どちらも言葉は交わさない。

 交わすのは、出逢った瞬間からずっと望み、欲していた、互いの熱。


 甘く、優しくて。
 それでいて、熱いーーーーー初めての口づけを。ここに。





*後書き…
・ついに書いてしまった……破妖→BLEACHトリップヒロインで冬獅郎夢。
浮竹夢onlyのヒロインにすると言った矢先に、これですか? ねえ?
これもみんな、日番谷隊長が素敵だからいけないんです(責任転嫁)。
銀髪・翡翠の瞳・不敵な笑みがよく似合う・美形。
全て私的萌え要素にhit!
実は一時期ショタと呼ばれた事のある私さ。生意気少年万歳!
これだけ揃って、私が好きならないはずないじゃないかぁっ!

(06.02.06up)

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