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 傍にいるだけで気持ちが安らぐ。
 言葉を交わすだけで、心は満たされていく。

 だけど。

 そのぬくもりに触れたいと想う心とは裏腹に。

 心臓は一層苦しく激しく鼓動を打つからーーーー





【早鐘の心臓が限界を告げる】





璃闇? 」

 かけられた声に振り返れば、すぐそばに相手の顔があって。

「っ、はい! な、なんでしょうか、浮竹隊長っっ! 」
 驚きのあまり、私は持っていた茶器をあやうく取り落とすところだった。

 それでもなんとか持ち直し、茶器も落とすことなく無事に安全地帯へ避難させた。
 とりあえず、最悪の事態はなんとか免れたのだ。
 だのに、私の心臓は早鐘のごとく脈を打っている。

 驚いただけなら、これほどまでに長い間鼓動が早いはずもない。
 それもそのはず、この早すぎる鼓動の原因は他ならぬ浮竹隊長その人なのだから。


「お前、最近変だぞ? ぼんやりしていることが多いし、疲れてるんじゃないのか? 」
 だが当の本人がその理由を知るはずもなく、彼はわずかに眉をしかめると。
何を思ったか、自分の額と私の額とをぴたりとくっつけてくる。

 額と額が触れ合い、相手のぬくもりが直に伝わってくる。

 そのことを理解した瞬間、私の顔は耳まで茹でダコ顔負けの色に染まっていたに違いない。絶対に。

「いえっ! 大丈夫ですっ! 熱も何にもないですし、元気そのものですから!!! 」
 私は慌ててその場からずりずりと数歩分、後ろへと退いた。

「そうかぁ? 」
 隊長は、疑わしいなと言わんばかりの苦々しい表情を浮かべるけれど。

「そうです! 私はこれでも四番隊の救護特別班“特化班”に所属してるんですから!
病気のことに関しては、相応の知識はちゃんと持ってますから!!! 」
 私はしどろもどろになりながら、なんとか必死で答えを返すことに成功する。

「…………」

 返ってくる言葉はなかった。なかったけれど。

 その代価として与えられたのは、浮竹隊長の射抜くような視線。
 無言のままで向けられるその視線の先は、当然ながら私だ。

 ずっと見つめられて、顔を上げていられるはずもなく。
 私は否応なしに顔を俯けて、両手を胸の前でギュッと握りしめた。


 視線を向けられただけで、鼓動が早くなる。
 嬉しいと歓喜の叫びを上げる心と、舞い上がる思いで溢れる胸の内。

 どんどん早くなる心臓の早鐘は、限界を知らないのか。

 嬉しいのに、苦しくて。
 苦しいほどに愛おしく想う心があって。

 私の心はもはやパニック状態もいいところだ。



「…………璃闇」
 名前を呼ばれる。さっきと同じように。

 でも、今回はさっきと同じではなかった。


 突然、胸の前で握っていた両手首を掴まれたと思ったら、強い力で引き寄せられた。
強引に引きずられる形になった私の両足は、脳内の反射神経に促されるままに慌てて身体を動かそうとする。
だが上体が前のめりになって重心が傾いていた為、真っ直ぐに立てるはずもなく。私はそのままつんのめるようにして、大きく前方に身体を投げ出すしかなかった。

 倒れ込んだ時に走るであろう痛みを覚悟して、目を閉じる。

 閉じたけれど、いつまで経っても痛みはやってこなかった。
それどころか、私の身体を包んでいるのは畳の感触ではなく、あたたかいぬくもりで。
不思議に思って目を開けてみれば、ほとんど至近距離と言って差し支えない程近くに浮竹隊長の顔があって。すぐに自分が彼の腕の中にいるのだとわかった。


 どくん。

 一層強く激しくなる鼓動の音を、私は耳ではっきりと聞き取った。

「俺のことが嫌いか? 」
 不意に告げられたその言葉に、私は弾かれたように顔を上げる。

 私が、浮竹隊長を、嫌い?

「俺がお前を想うように、お前も俺のことを想ってくれていると思っていたのは、俺の勘違いか? 」
 悲痛の色を宿した漆黒の瞳が、私の双眸を真っ直ぐに捉えた。
翳りを帯びた闇色の光は、礼儀正しくも確実に私の瞳の奥へ奥へと足を踏み入れてくる。

「そんなことありません! 」

「なら、どうして俺の事を避ける? 」

 ほとんど間髪入れずに返された言葉に、私は言葉を詰まらせた。

(私が、浮竹隊長のことを避けていた……?)

 ありえないと心の中で叫んだのも束の間のことで。
 私はすぐに、思い当たる節を見つけた。

 そうして思い起こしてみれば…………なるほど確かに。
ここ最近、相手に「避けられている」と思われてもおかしくない行動ばかりしている。

 だけど----

「………違います。私、隊長の事が嫌いで避けていたんじゃありません! 」


「ならどうして、俺を避けるんだよ」


「だって…………」

 手と手が触れ合うだけで。
 頬に、手に、貴方の手が触れるそれだけで。

 心臓が飛び出しそうなくらいに、ドキドキするから。


「嬉しくて、幸せすぎて。貴方が好きで、愛しくて。
近づけば近づいた距離分だけ、心臓が早鐘のように鳴ってて……」

 私は知らぬうちに縮こまっていた背をゆっくりと元に戻す。
そして手持ちぶさたになっていたうちの右腕を動かし、伸ばした右手での頬に触れた。

「この音が隊長に聞こえたら、恥ずかしいじゃないですか」
 本当は視線を合わせずに、あさっての方を向いて告げたかった言葉だけれど。
私は真っ直ぐに浮竹隊長の瞳を見据えたままで、告げた。


 顔が真っ赤になるのも、胸の鼓動が一層激しくなるのも。
 声がか細くなるのだって、一向に構わなかった。

 ただ、誤解されたままなのは嫌だったから。

 本心を告げる時に、視線を逸らしたままでは信じてもらえないだろうから。


「だから、結果的に避けてるみたいになっただけであって、決して私が浮竹隊長のことを嫌いだとかそういう理由じゃあありませんから! 本当ですよ!!! 」
 そこまで一気に言い切って、私は隊長の首にすがりつくようにして抱きついた。
これ以上、真っ赤になった顔を見つめられるのは正直限界だったから。


「………随分と可愛いことを言ってくれるな」
 わずかに苦笑して、呟かれたその声音はだいぶ明るい。

「う、嘘じゃないですよ! 私は本当に………! 」

 反射的に反論を返そうとしたけれど、その言葉は途中で止まってしまった。


 だって。

「……嘘だなんて思っちゃいないさ」
 優しい声音で囁かれて、ギュッと抱きしめられて。

 その大きな手で、ちょうど心臓のある辺りを押さえられて。

「ちゃんと伝わってくるからな。お前の鼓動が」

「隊長……」

「それに……俺も同じだしなぁ」
 ポツリと呟かれたその言葉に、私は目を瞠った。

 すると隊長は、何度も目を瞬かせる私の頭を抱え込むように抱き寄せた。

「俺だって、何にも感じないでお前を抱きしめてる訳じゃあないんだよ」
 頭を抱えるようにして抱き寄せられて、私は頬に触れるぬくもりに安心して目を閉じる。
着物越しに聞こえてくる命の鼓動は、確かに通常のそれよりも少しばかり早くて。

「はい………」

 泣きたいほどに嬉しい気持ちでいっぱいになりながら。

 私はそのまま、包み込んでくれるぬくもりに身体を預けた。


璃闇」

「なんですか? 」

「俺の事、好きか? 」

「勿論。大好きです、浮竹隊長……」


 心臓の早鐘がまた速くなるのも構わずに、心からの想いを告げれば。

 優しい熱が、唇の上に降ってきたーーーーー





 早鐘の心臓がその限界を告げてくるのは、

 きっとまだまだ先の事。





*後書き*
・勢い任せて書き上げてしまった、浮竹夢第三弾。
今まで書いてきた夢とはひと味違って、甘い展開で行こうと思っていたら。
私にしては珍しい、砂吐き甘甘ドリー夢が完成しました(汗)。
設定としては、まだ両想いになってまもない頃。
キャラの偽度が高い…とかいう突っ込みは無しの方向でお願いします。
なんたって、キャラたちを妄想フィルター二重越しで見ておりますので。


(05.11.20up)

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