心に楔を打ち込んでしまえば、動く事はないから。 だから私は、心に楔を打ち込もう。 打ち込んで、二度と心が揺れ動く事のないように。 今、心に住まわせている人以外に誰一人、この領域に入れぬように。 この世界に未練は一つもあってはいけないのだ。 私は、必ずあの世界へと帰るのだから。 【麻酔のように鈍った心を、覚醒させる星が流れる】 私は、配属された四番隊の卯ノ花隊長に頼まれて、十三番隊隊長の専属看護師の役割を任される事になった。というのも、私には発病した患者の自然治癒力を強化するという、なんとも不可思議な能力があるせいだろう、おそらくは。 十三番隊隊長は病がちであると聞いているし、確かに私の特殊能力が役に立たないこともないだろうけれど。生まれつきの病とそこらの風邪とでは、病気の勝手が違うと思うのだが…。 まあ何はともあれ、上司からの命令である以上拒否することも出来ず(卯ノ花隊長からの命令だから拒否する気もないが)、本日も私は十三番隊隊長のおわす雨乾堂を目指して歩いていた。 正規の順序を踏まずして死神になったことから、初めの頃こそは腫れ物に触るような扱いを受けていたけれど、今ではコソコソと影で私の悪口を言う者たちも俄然少なくなってきた。 何せこの世界に無理矢理連れてこられてからというもの、どうにもストレスばかりが次から次へと溜まってばかりで仕方なかったのだ。そこで私の悪口言ってる連中を見つけ次第、片っ端から殴り(あるいは蹴り)飛ばしてきていたのだが。 おそらくは、そのことが私の実力を周囲に認めさせるのに一役買ってくれたのだろう。 世の中何が幸いするか、わからないものである。 全体的に和を意識してつくられた建物。 空から見ると、まるで平安京を彷彿とさせる巨大な都市(瀞霊廷)も。 ここ、ソウル・ソサエティで会う全ての人々も。 何もかもが、私の心乱す事はない。 私は何人にも心動かされる事はない。 否、心動かされるわけにはいかないのだーーーー 雨乾堂は、まるで広い日本家屋の離れのような雰囲気を纏っていた。 静かで、豊かな緑と水源とに囲まれた小さな御堂は、懐かしさを思い起こさずにはおれないほどに、懐かしい香りに満ちている。たとえ私がそれを拒否しようとしても、私自身の魂を創り上げている祖の部分が、この独特の和風庭園にも似た雰囲気を否応なしに求めていた。 だから私は、自分の心に言い聞かせるのだ。 違う、ちがう、チガウ。 ここは私のよく知る、日本ではないのだ。と 「失礼致します。四番隊・卯ノ花救護隊・特化班所属、、入ります」 私は両手に持っていた盆を下ろし、床に片膝を突いて。 ここ、雨乾堂の主であるその人に声をかけた。 「か。入っていいぞ」 「御前失礼致します。本日分の薬を届けに上がりました」 許可をもらって、私は片手で簾を上げて室中へと足を踏み入れる。 そして頭を深く垂れ、中にいる十三番隊隊長に敬意と共に挨拶の代わりとさせて頂く。 「いつも思うんだが、もう少し楽にしてくれて構わないんだぞ? 」 「いいえ。けじめはキチンとつけさせて頂きます」 床の上に置いていたお盆を持ち上げて、私はゆっくりと上体を起こす。 心にはしっかりと鍵を下ろし、鎖という鎖でがんじがらめにした状態を確認して、私は部屋の主の顔をしっかりと両目で見据えた。 肩を流れる、癖のない真っ直ぐな純白の髪。 穏やかな光を宿した、漆黒の双眸。 そしてーーーー 「……そこまでかしこまられると、こっちも対応に困るんだがなぁ……」 ぼやくように呟いて、無造作に後ろ頭を掻きむしるその仕草も。 年齢不相応な豊かすぎる表情を浮かべる、整った顔立ちも。 嫌と言うほどに、彼を彷彿とさせるのだ。 真っ直ぐな純白の髪は、私が唯一絶対の人と称したかの女帝を彷彿とさせるし。 年不相応な表情や表情豊かなところが、叶わぬ想いを寄せていた青年を思い起こさせる。 心の鍵を幾重にもかけて、鎖の檻を幾重にも張り巡らせて。 そうでもしなければ、私は涙を流さずにはいられなかったから。 懐かしくて、愛しい、大好きな人たちのいるあの世界へ戻りたいと願ってしまうから。 「隊長、こちらが本日分の薬になります。とりあえず本日朝の分をお飲み下さいませ」 私は作り笑いを浮かべたままで、浮竹隊長に薬包と白湯とを渡した。 一度力を抜けば、一度心のバリケードを緩めれば、私の意地はたちまち崩壊する。 そのことを身にしみて感じていたからこそ、私は必死で感情を制御する。 「………わかった。わかったからその代わり、一つ君に聞いても構わないか? 」 私の方へと視線を定めたままで、溜息を零して。 ふと思いついたかのように、浮竹隊長はこんな突拍子もないことを提案してくれた。 あまりに予想外の言葉に、私はかぶっていた仮面を付けるのも忘れて驚いた。 「薬をきちんと飲んで頂けるのなら、そのくらいは」 わずかに動揺した後、すぐに元の仮面を付け直して頷いたのだった。 この選択が、後の自分を大きく変える事になるとも知らずに。 苦いから嫌だと口癖のように言っていた薬をどうにか飲み、薬包と白湯の入っていた盃を盆の上へと戻した浮竹隊長は、動いた拍子に落ちてきた髪を乱暴に払いのける。 その拍子に純白の髪は、宙を舞い、光を浴びて銀色に照り輝く。 はらはらと銀糸が宙を流れ落ちるその様に、私は思わず目を奪われる。 そして。 彼はまるでその隙をついてきたかのように、次の言葉を口に乗せた。 「どうして君は、頑なにこの世界を拒む」 意図する心を感じさせる事もなく、目の前の人が零した言葉。 本当に何気なく呟かれた言葉だからこそ、私は身構える事も出来なかった。 「この世界を拒み続けても、元の世界には戻れないんだろう? なのに、どうして拒み続けるんだ? このままでは、君はこの世界でずっと独りのまま在り続けるしかないぞ」 私の心の動揺を知ってか、知らずか。 浮竹隊長はそのまま言葉を続ける。 やめて。言わないで。 その疑問を口にしないで。 叫びたかった。 懇願したかった。 だけど、続けられた言葉に私は何も答えられなかった。 否、答えられるはずもなかったのだ。 だって、この人の言葉は正しかったから。 「この世界を受け入れても、君が元いた世界がなくなるわけじゃあない。 君が弱音を吐いたところで、君がこの世界に未来永劫縛り付けられるわけでもない」 そこまで言い切ったところで、浮竹隊長はふっと表情を和らげた。 年齢不相応ではない、長い時間を生きてきた人だからこそたたえる事の出来る、老成した雰囲気を残しつつも慈愛に溢れた、そんな微笑。 なぜか、私はその微笑に瞳を奪われたーーーーーー 「だから、泣けばいい。泣きたいだけ泣いて、恋しい世界の事を思えばいい。 幸せだった過去を振り返る事は、悪い事じゃないんだから。 だから……、そんな辛そうな顔をしながら平気な振りをして笑うんじゃない」 まるで聞き分けのない子供をなだめるような、優しい声音で諭されて。 その大きな手で頭をくしゃくしゃと撫でられて。 何より、穏やかな笑顔を浮かべたはずの瞳に苦しそうな光が宿っていたのを見て。 本当に心の底から私の事を心配してくれているのだと、わかってしまったから。 気づけば、閉じこめていたはずの感情は溢れ出していた。 帰して。帰らせて。 私を、懐かしくも愛しい人たちの待つ、あの世界へ。 会わせて、声を聞かせて。 私が大好きなあの人達の声を。 ねえ、神様。 私の声、貴女のところまで、届いてはいませんか? 「……っ、う、わあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 」 馬鹿みたいに声を上げて、泣いた。 今まで堪えてきた、全てが。 急に流れを得たかのように、自然の流れを取り戻したかのように。 狂ったみたいに、私は号泣した。 途中、ふわりとあたたかな何かに包まれたような気がした。 あたたかくて、優しくて。 まるで、あの人たちに抱きしめられているようで。 それが余計に望郷の想いを募らせて、涙が一層激しく流れ落ちた。 かの女帝がよくして下さったように、髪を優しく指で梳かれて。 その心地よさに、我知らぬうちにすがりついていて。 気づけば私は、浮竹隊長の腕の中にすっぽりと包み込まれていた。 おまけに私の両手はしっかりと隊長の着物を握りしめているではないか。 (……ど、どうしよう………) いくら無意識とはいえ、私の取った行動はあまりにも礼儀を欠いている。 一体ここからどうやって抜け出すべきか。 いやそれ以前に、謝罪したところで許してもらえるのだろうか。 グルグルと頭の中で悩んではみるけれど、結局最終的に全てを決めるのは私ではなく、浮竹隊長である。ここで考えこんでも仕方ないと思い切りをつけて、私は握りしめていた両手を下ろし、隊長の最終判断に全てを任せた。 「……全く、痩せ我慢にも限度ってものがあるだろうが」 叱責の言葉を覚悟していたのだが、半ば呆れたように呟かれたその言葉は、私が想像していたものとは全くの別物だった。 呆れたような声音ではあったものの。 その裏では、私の事を案じていてくれたことを感じ取ってしまったから。 私が言い返すべき言葉は一つもなかった。 「………すみませんでした」 せめて出来るのは、謝罪の言葉を口にすることだけ。 「違うだろう。こういう時に言う言葉は、謝罪の言葉じゃあない」 すると隊長は私を腕の中から解放し、額を指で軽く弾いてくれた。 指摘されて、一瞬ワケがわからずにポカンとしてしまったけれど。 なぜが、すぐにこの人が言いたい事がわかった。 心の奥につかえていた思いを全て吐き出して。 不思議と心は軽くなっていた。 己の中に全てを押さえ込まずに、吐き出すだけで。 こんなにも穏やかな気持ちになれるなんて、忘れていた……。 そのことを思い出させてくれたのが、他ならぬ浮竹隊長その人であったから。 「ありがとうございます、浮竹隊長……」 意図するよりも先に、言葉の方が唇の上を滑り出ていた。 その声音は、言葉に発した自分でも驚くほどに穏やかなものだった。 一方の隊長はと言えば、呆気にとられたかのようにしばし目を瞬かせていたが。 「………なんだ、良い顔で笑えるじゃないか。さっきよりもずっと良いぞ。 折角可愛い顔をしてるんだから、そのくらい良い顔でいないと勿体ない」 わしわしと私の頭を撫で回しながら、なぜか妙に機嫌良さそうに答えてくれた。 「…………はい? 」 一瞬、言われたその意味がわからずに、私は首を傾げるが。 その後すぐに、言われた言葉の意味がようやく頭の中まで浸透して。 次の瞬間、一気に顔に熱が昇った。 「ひ、人をからかわないでくださいっっ!!! 」 耳たぶまで顔中真っ赤に染め上げて怒鳴るその格好は、お世辞にも格好良いものではなく、むしろその逆でしかない事を知ってはいたけれど……言わずにはおられなかった。 「俺は思った事を言っただけで、別にからかったつもりはないんだがなぁ」 対する隊長はと言えば、反省の“は”の字すら感じている様子はない。 「しかし褒めて怒られたのは初めてだ」 「………お世辞で褒められても嬉しくありません」 一言でキッパリとその言葉を叩き返せば。 「あいにくと俺は、お世辞を言えるほど口上手じゃないんだが」 打てば響くとばかりに、すぐ答えが返ってくる。 「嘘つかないで下さい。そういうことを言ってる時点で、すでに口達者の証拠ですよ」 ジロリと上目遣いにーー元の身長差ゆえに必然的にこうなるだけで、別に意図してやっているわけではないーー相手を睨んでやれば、なぜか隊長は笑みを零した。 「………ようやく仮面が外れたみたいだな、」 そうして浮竹隊長の口から紡がれた言葉は、妙に意味深な……要するにそのままの文から意味を汲み取るには、少々比喩を含みすぎていた。 (仮面……?) 言われてしばらくは、その言葉の意味が把握出来ずにいたけれど。 「あ………」 すっかり地の状態で隊長と話していることに気づいて。 その時やっと私は、相手が何を言いたかったのかを理解するに至った。 「今のがお前の本来の姿だろう? いつも見ていて、明らかに無理してるのはわかってたんだ。 どうせ化けの皮も剥がれたことだし、俺の前ではそのままで構わんからな」 「はあ? 」 「猫を被ってないの方が、ずっと楽しく話せそうだしな」 呆気にとられる私をよそに、浮竹隊長は穏やかな笑みを浮かべる。 浮かぶのは、嘘偽りの全く見えない真っ直ぐな表情。 偽り一つない、本心からのものだとわかる。 魂の声を聞く事の出来る私には、聞こえてきてしまう。 この人の心が告げる、彼の真実たる本音を。 「はい………」 隊長につられるようにして、私も笑った。 この世界に来て以来、一度も浮かべる事のなかった……心の底からの笑顔を。 人の心の中を覗いているみたいで嫌だった、この能力に。 今ほど感謝した事は、なかった。 麻酔のように鈍った心、永久氷結に包まれた氷の中にあった寂しい心を 春の日差しが雪解けを促すように、覚醒させる 私の閉ざした心を、覚醒させてくれたのは。 貴方の優しすぎる心の声でした。 *後書き* ・無駄に濃いヒロイン設定が、ここぞとばかりに生きてます作品その2。 まだヒロインがBLEACH世界に来て間もない頃の話です。一応。 時々彼女の前いた世界の人物のことが出てきたりしてますが。 スルーして読んでも全然大丈夫ですので、ご安心を。 そういう人がいたんだなぁ、程度の認識で十二分に読めると思います。 ちなみにヒロインの元いた世界は「破妖の剣」の世界。 つまりは現サイトにある破妖夢のヒロインだったりするんですね。 ※ヒロインの元いた世界を知りたい方は、反転。 (05.11.20up) |