まさか、再びこの感覚を味わうことになるとは思わなかったーーーーー。
【心臓が高鳴る、その理由】
「十三番隊からの書類、お持ちしました〜」
景気づけに明るく元気に挨拶して、私は部屋の中へと足を踏み入れた。
「ごくろうさん……って、なんでが十三番隊の書類を持ってくるんだよ? 」
「ん〜、単なるついで。どうせ隊舎に戻る途中で通る道すがらだったし、清音さんが持ってく予定だった書類を奪ってきたのだよ」
あっけらかんと言った私の言葉に、部屋の中で必死に書類と格闘していた青年――阿散井恋次は盛大に眉をしかめてみせた。
「いいのかよ? 」
「どうせ誰が持ってきても同じでしょ。それにちゃんと浮竹隊長に許可はとってあるんだから、心配する必要なんて皆無よ、皆無」
「それを先に言えっての……」
溜め息を一つついて、恋次は右手の人差し指で机の一部分を指し示す。どうやらそこへ持ってきた書類を置け、ということらしい。
私は彼の指示に従って、持ってきた書類を指定された位置へと乗せた。
これで私の任務は終了。あとは本来の持ち場である四番隊の隊舎へと戻るだけだ。
再び書類へと視線を落とした恋次をよそに、私は部屋の中をキョロキョロと見渡す。
広い部屋ではあるのだが、彼の居座る一角には小さな書類の山が幾つも出来上がっている。
なにせ規律正しいと評判の六番隊だ。いかに彼が書類整理を得意としていなくとも、仕事を怠けたことが原因で書類が溜まったわけではないだろう。おそらく、きっちりとノルマ通りに任務をこなすこの隊に大量の書類の山が出来ているのは、十中八九、十三番隊隊長の体調がここ数日ずっとよろしいせいだ。
もともと病気がちで寝込んでいる事も少なくない隊長を戴く十三番隊は、隊長の調子が良いこの機を逃すまい、と粉骨砕身の勢いで大量の書類を処理している。そして処理済みの書類達は、それぞれが各隊へと送られる仕組みになっているから……当然の事ながら六番隊にもたくさんの書類が送られて来ているのだろう。
要するに、ただ単に処理するべき書類が多いすぎるというだけだ。
もっとも、十三番隊隊長の体調がよろしい事に関しては、裏で私自身も少なからず関わっているだけに、けして人事とは思えなかったのだが(汗)。
私がそんなことを心中で考えているうちに、恋次はいつの間にかさっさと書類整理へと本格的に思考を切り替えていたらしい。私が我に返って気づけば、彼は必死で書類の山と格闘しているところだった。
そんな恋次の姿を眺めながら、申し訳ないと思う殊勝な気持ちは心に沸き上がってくるわけだがーーむしろ沸き上がってこないのは、人としてマズイーー。
あいにくと。目の前の青年に少しだけちょっかいを出してみたいなぁ…という悪戯心の方が遙かに勝っていたから。
「ずいぶんとまあ、たくさんのお仕事があるものですなぁ」
私は恋次の視線の先まで場所を移動してくると、いかにも人事らしい人事口調でもって言葉を紡ぎ出した。
そして。当然の事ながら、人事口調であんな事を言われれば腹も立つもので。
「どうせ俺はこういう仕事が苦手だよ、悪いか! 」
恋次はわずかに米神をひきつらせながらも、かろうじて筆を走らせる手は止めないままで言い返してきた。
「いえいえ、ただ大変だなぁ……と素直に思っただけじゃない」
「やかましい! つか、てめぇは用事が済んだなら、さっさと自分の隊舎に帰りやがれ!!! 」
「言われなくてもそうす…「何事だ、騒々しい」
久々に単純な口喧嘩を楽しんでいる最中――何せ私の周りに、こんな風にすぐ喧嘩を買ってくれる相手がいないのでーーだというのに、そこへ私の言葉を遮るようにして、第三者の冷ややかな声が響いた。
私はちょうど部屋に入ってきた第三者に背を向けているからわからなかったのだが、逆方向を向いていた恋次からは相手の顔がばっちりと見える。
そして、相手の姿を目の当たりにした恋次はと言うと。
顔を上げた途端、一瞬にして青ざめた。
「…朽木隊長っ! 」
うわ、いきなり御大のご登場ですか?!
驚きとほんの寸分の好奇心から、私は後ろを振り返る。
そして。
思考も感情も、何もかもがその瞬間に停止したーーーー
切れ長の双眸はどこまでも深い闇を宿し、同色の長い髪は濡れた烏翼のような光沢を放つ。
まるで精巧に創られた人形のように、感情の色一つ浮かばない無表情。肌は抜けるように白く、鼻梁の通った眉目秀麗かつ端正な面立ちがより一層際だって見える。
黒い死覇装の上に隊長格の者のみが身につけられる白の羽織を羽織り、ただそこに佇んでいる。それだけだというのに、なぜか見る者に理由もない圧力を与えてくるのは、霊圧の強さだけのせいではないだろう。
かの人の纏う、高貴にして品格高い気品と圧倒的な威厳と。
それらは霊圧に関わりなく、見る者に圧倒的な圧力となってかかってこよう。
高貴にして、見目麗しく。
苛烈にして強大な力持つ、美しい人。
己への絶対的な誇りと高い矜持を兼ね備えた、その姿はまさに貴人。
多くの存在の上に立つ品格と威厳を持つ、王たるその人。
ここに来る前までいた世界で、王の一人として君臨していた白銀の女帝。
私の心の琴線をかき鳴らすのは、数多の世界の中でもあの御方だけだと思っていた。
なのに。どうして。
かの人とは全くの別人であるこの人が。
どうして私の心の琴線をかき鳴らすのか。
どうして、私の心は、これほどまでに心乱されるのか。
貴方の姿を目にした、ただそれだけでーーーーーーー
「………お〜い、大丈夫かぁ? 」
半ば惚けていた私の耳に飛び込んできたのは、呆れたような疲れたような複雑な心情の入り混じった青年の声音だった。
その声に従って感情の波に溺れていた思考を浮上させれば、意識がようやく戻ってくる。
そうして視界へと意識を向ければ、私はなんとも個性的な形をした眉毛を目の当たりにすることになった。
「うわ、なにこれ! …………って、あぁ。阿散井副隊長でしたか」
思わず退きかけるが、その延長線上に鋭い眼光と赤い髪とが映って。
しばし考えたのち、それがつい先ほどまでからかっていた相手の身体の部品であることに気づいて、私はようやくその場に座り直した。
部屋の中を見回してみれば、先ほど部屋に入ってきたあの人の姿はない。単純な話、もう出て行ってしまった後なのだろう。
どうやら自分でも思っていた以上に、長い間惚けていたらしい。
「なにこれって、お前、俺に喧嘩売ってんのか……」
私の反応が非常に気に入らなかったらしいーーむしろ気に入る人間の方が珍しいだろうがーー恋次は、こめかみをピクリとひきつらせて凄んでくる。
「いやいや、とんでもない」
私は諸手を挙げて、己が意志を示した。
無論、その言葉には偽りなど一つたりとも含んではいないから。
そのことを悟ったのか、相手はとりあえず怒りを解いてくれたようだった。
「……まあそれはいいとして、お前、うちの隊長を見るの初めてだったのか? 」
恋次は机の上にあった書類を無造作に放り投げるとーーそれでも投げた書類は処理済み書類の上に乗ってしまうのだからスゴイーー、かすかにこちらの心中を探るような視線と共に問いかけを渡してきた。
「うん。名前は知ってたけど、実物見たのは初めて」
一応、四番隊所属の死神でもあるわけだし、やはりそれ相応には護廷十三隊のことは多少なりとも知らなければマズイだろう。
そう思って私は、常日頃、暇そうな死神を手当たり次第に捕まえて、いろいろと護廷十三隊に関する情報を集めていた。
無論、その中には副隊長・隊長格の死神たちも入るわけで。
ごく稀にだが、仕事から逃げてきた京楽隊長や顔馴染みとなった浮竹隊長、比較的手が空いてるからと畏れ多くも卯ノ花隊長直々に情報を頂戴することもある。副隊長だと、松本副隊長もとい乱菊お姉様がよく親切で教えてくれるしね。
そんなこんなでとりあえず一通り、各隊の隊長・副隊長の名前は全て記憶済みだった。
無論、名前だけで顔は全く一致しない人も数多くいるわけだが。
四大貴族の一つである朽木家の現当主、六番隊隊長・朽木白哉。
この人も名前を知っているだけで、姿を見たことのない人の一人だった。
今日、目の当たりにするまでは。
「すっっごい美形だね」
感嘆の溜息を漏らしながら、私は素直に思ったことを口に乗せた。
過去いた世界で散々美形という美形を見慣れていたせいか、私の美的感覚の高さは他人のそれを遙かに凌駕する。
それでも、護廷十三隊の各隊を束ねる隊長――具体的に言うなら、卯ノ花隊長とか浮竹隊長――は、私の高すぎる美的感覚をもってしても十二分に美形の範疇に入っていたし、目の前にいる恋次だって十分に男前な容貌である。
だが。正直言わせてもらえば、朽木隊長は彼らのそれをも上回る。
勿論、ただ顔の造型が整っているだけじゃない。
彼の纏う雰囲気は、明らかに貴人…一国の王にも通ずる気品と威厳とに満ちている。
それがおそらく、彼の本来持つ美貌をより一層際立たせているのだろう。
「……お前な、最初の一言がそれか? 」
恋次から返ってきたのは、予想通りの心底呆れたような口調での一言。
「だって本当のことだし」
だけど私は、彼の言葉にきっぱりと本音を一言で返した。
「それに、なんというか……王者の気質っていうのかな?
気品と品格、威厳をも兼ね備えた貴人だねぇ………まさに」
「ほおほお」
「私の心をここまで揺さぶる人なんて、白煉様ただ一人かと思ってたけど……。
案外といるものだねぇ………心の琴線をかき鳴らしてくれちゃう人って」
「なんだかわからんが、要するに隊長に惚れたってことか」
からかいの表情を浮かべて、恋次が私の額をこづく。
浮かべる下世話な笑みは、私が次に返して来るであろう反応を予測してのそれ。
大方、顔を真っ赤にして『違うわよ!』とでも返してくることを予測していたんだろう。
確かに人間というものは、得てして図星をつかれると反論したくなるものだ。
その上、顔の表情というものは大概にして素直なものであるから、表情を見ればまず間違いなく相手の感情は容易く読める。なかでも図星を指された時は、格別に読み易い。
しかし…………甘いな、阿散井恋次。
私が、そんな普通の反応をする人間(死神)だと思ってか?
「そうね、惚れた。一目惚れ」
私はあっけらかんと答えを返す。
己の感情を偽るのは見苦しい。
かつて憧憬の対象であったその人に言われて以来、私は自分の感情に至極真っ正面から向かい合うことにしてるのだ。
「…………そこまであっさりと認めるか…おい」
そして、全く想定外の反応を返してきた私に、どんな対応をするべきか迷ったのだろう。恋次は自分の後頭部を掻きながら、呆れた声で訊ねてきた。
「事実を認めないでどうするかね? 」
両手を腰に当て、堂々と胸を張って、そう発言すれば。
「………、お前って本当に変な奴だな」
疲れたような、諦めたような、そんな言葉が返ってきた。
「今更でしょう」
私がその一言で相手の言葉を一蹴すれば、なぜか相手はふっきれたように口端を歪めて笑った。
「だな。じゃあそういうわけで、悪いんだがこの書類、隊長のとこまで持って行ってくれ」
ドサッと両腕の中に重くない程度の量を乗せられて、私は反射的に反論しようと口を開き書けるが。私の方を見つめる恋次の顔に浮かんでいたのは、思いもかけず確信犯の笑みであったから。
一瞬、彼の笑みの理由を考え込んで………すぐに、その意味を悟った。
「了解。ありがたく頂戴致します」
私は両腕いっぱいの書類をありがたく頂戴すると、それを朽木隊長のところへ持って行くべく、その場に立ち上がったのだった。
かの人の姿を目にしただけで心臓が高鳴る、その理由は。
今のところはまだ、憧れという名の憧憬の心―――――――。
*後書き*
・書きたい書きたいと言ってた、BLEACH夢。書いてしまいましたよ。
白哉夢のつもりだったんだけど、恋次との友情夢の色が強いぞ…おい 。
というよりも、全く心中が読めません、白哉様。
もちっと二人を近づけたいとは思ってるんですけど、ねぇ……前途多難。
やはりコミックを全巻読破してないせいか?
だけど、白哉夢を書ける人って本当にすごいと思う。(本気)
そして名前変換、少なくて申し訳ない…。
(05.11.11up)