■]Z. アル・サド・アル・スウド  / 星



 眠りに落ちた覚えは、全くなかった。なかったはずなのだが。
気がつけば、が佇んでいたのは、我が家の厨房ではなく屋外だった。

 まるで見覚えのない屋外で、はしばらく周囲をキョロキョロと見回してみたが、どれほど見回してみたところで、周囲の様子とよく似た光景を見た覚えなど、記憶の片隅に全く残っていなかった。
 右頬を抓ってみると、鈍い痛みが神経を通して身体に染み渡っていく。これがもし『夢の中』であるならば、頬を抓ったところで痛くもかゆくもないはずである。

 (……これって、まさか、また……勝手にトリップしちゃった???)

 北欧神話に登場する神獣・世界蛇ヨルムンガルドを魂の半身に持つは、眠っている間に異世界を自由に行き来出来るという特殊能力を持っている。ただし、この能力は彼女の意志とは関係なく発動するため、「起きたらいきなり異世界に飛ばされていた」という事態に陥るのが最大の欠点といえよう。

 そして、今回もまた。
 本人の意志とは裏腹に、突然異世界へトリップしてしまったわけである。


「……とりあえず、誰かに話を聞かないと……」

 やれやれと首をコキコキ鳴らしながら、が足を一歩踏み出したときだった。



 断末魔の叫び声が、彼女の耳に聞こえてきたのは------。





「なに……? 」

 声のした方へと視線をやれば、爆発を起こしながら崩れ落ちていく異形と、異形の傍らで身体を縛る鎖から解き放たれた女の魂とが目に映った。
は別段霊感が強いわけではなかったが、『BLEACH』の世界で死神業を務めているので、霊が見えることにさほど違和感は感じない。

 むしろ問題なのは、霊の傍らにいた崩れ落ちる異形の方である。
 の記憶に間違いがなければ、あれは『D-Grayman』に登場する”AKUMA”である。

(…今度はDグレ世界にトリップですか、私)

 己の厄介な体質に、思わずは自嘲のため息を漏らす。
『異世界トリップ』という現象に興味がないわけではないが、もう少し夢のあるトリップの仕方はないのだろうか。

 厄介な事態に、しないはずの頭痛がしてくるこめかみを人差し指で押さえながら、は再び足を進めだした。
中世ヨーロッパに多い石造りの質素な家が建ち並ぶ小さな町、第一印象はこれに尽きる。何か特別なものがあるでもない、至って普通の町である。
だが、家々の壁や屋根には、火器か銃器の類で破壊された痕跡がある。”AKUMA”の襲撃を受けてまもない町なのだろうか。

 歩いているうち、何かがつま先に当たったように感じたは、視線を足下へ落とした。

 そして。
 一瞬硬直し、すぐに持ち直したところで、彼女は自分の愚かさを悔いた。

 ここは、今までいた平和な日本ではない。
 世界を終焉へ導く千年伯爵と、それを防ごうとする人類とが戦っている世界。「D-Grayman」の世界、仮想19世紀。
 悠長に己の思考に浸っていては、命が幾つあっても足りない。そういう世界なのだ。


 は、足下に転がる年端もいかない子供の亡骸のもとに膝を突く。

 今の彼女は、肉体を持つ生身の人間だ。
 死神の使う術などは一切使えない。斬魄刀も無いので、魂葬することも出来ない。

「今の、私に出来るのは………」

 左手に重みを感じるのは、故郷の民族楽器・三線。
 右手には、三線の弦を弾くのに用いる、水牛の角で作られたバチ。

 今のに出来るのは、逝ってしまった魂を慰める唄を歌うことだけ。

 弦をバチで弾きながら、脳裏でイメージした音を出すため、彼女は口を開いた。


   嗚呼...昨日のことのように憶えて0102[い]ます――
   それは冬の朝――
   呼び声は温かく手を握り締め――


 歌うのは故郷の島唄ではなく、ある楽団グループの歌。
壮大なストーリーを元に、歌詞で物語を歌い上げるのが最大の特徴だ。

 今、目の前に倒れ伏す子供の魂を慰めるには、”母の心”を唄うのが一番だろうとの判断で下した選曲だった。

   つ0102[い]てな0102[い]人生だったと...我ながらに憶0102[い]ます
   それでも...アナタと出逢えたことは『最高の幸せ』でした……



 (どうか、どうか。
 この地を彷徨うことなく、天へと昇って下さい。)

   嗚呼...どんな苦難が訪れても... 諦めず勇敢に立ち向か0102[い]なさ0102[い]
   愚かな母の最期の願0102[い]です...

   アナタは――

    『0302・0101・1001・0304・0502・0105・0501・0902・0501・0301・0102』
     [し・あ・わ・せ・に・お・な・り・な・さ・い]



 聞く者の心を揺さぶらずにはおれない、悲しくて、切ない詞。
 胸をえぐるように、奥深くまで伝わってくるのは、死の間際まで我が子を想う『母』の想いだ。

 が脳裏に描くのは、彼女自身の母の姿。
 ひだまりのような笑顔で、店を訪れる客たちをときほぐすあたたかな人。
 彼女より年上の初老の人でさえ、「母」のようだと称す、その心は。
 命を慈しみ、はぐくむ、母の姿そのもの。

 歌いながら、胸を突き上げてくる熱い思いをこらえ。
 こみ上げてくる涙をこらえながら、は旋律を紡ぐ。

 ただ、魂が安らかな眠りにつけることを願って。





『歌うの、やめないで』

 ちょうど歌が終わる頃、脇から着物の袖を引かれては目を開いた。
目尻に滲む涙を指でこすり拭き、視線を投げると、そこにいたのは一人の子供だった。
 全身を淡緑色の光で包まれた子供は、ねだるような口調で言葉を紡ぎ出す。紡がれる言葉は、母国語ではない言語。子供が話していたのは、英語だった。驚きに目を見張るも、は特に動じた様子は見せない。彼女の故郷は沖縄、それも米軍基地にほど近い小さな町の生まれだ。幼い頃から、米軍兵士をはじめとするアメリカ人と日常的に話すことも多かったので、日常会話程度の英語ならば難なくこなせる。

 …貴方を包む光は、なに?

 子供に訊ねたいことはたくさんあったけれど、彼女はそれを口に出すことはしなかった。
代わりに口にしたのは、先ほどの子供の言葉に対する答えだ。

『同じ歌で、いいの? 』

 が英語で訊ね返せば、子供は朗らかな笑顔を浮かべた。

 幼い子供だからこそもちえる、無邪気な笑顔。
 世間の汚れを知らない、無垢な笑み。
 この世界に生きる以上、いつかは世界の汚れを知ることにはなるのだろうけれど、今だけは。
 今だけは、無垢な笑顔を少しでも、見ていたい。

(何より、私に出来ることがあるのなら……)

 は、動かすのを止めていた右手を動かし始める。
バチで弦を弾けば、西洋の街並みにはおおよそ似つかわしくない三線独特の明るい音色が辺りに響く。

 子供にせがまれるまま、は再び歌い出す。
 死の間際まで、我が子を想う『母』の想いを。


    嗚呼...傍で歩みを見守れな0102[い]のが...無念ですが... どうか...凛と往きなさ0102[い]
    愚かな母の唯一の願0102[い]です...アナタは――



 歌う途中で、子供がにしがみついてくる。

『守るよ…、アナタだけは守るから』
 まるで自分に向かって言い聞かせるように、呟かれたその言葉は。
彼女が歌う歌の詞と、どこか共鳴し合うような錯覚さえ覚える。


(ああ、なんて……、なんて悲しい世界……)

 は、その一言で理解した。理解してしまった。

 この子供が、愛されて、守られて。
 自分を愛してくれる母の腕を、失ってしまったことを。
 そして、この子が、自分の前に現れた理由も。


 は三線を引く手を止めて、子供の身体を抱きしめる。

 涙腺が潤んで、視界がぼやける。
 胸を突き上げる熱い思いが、声を震わせるけれど。
 歌うことは、やめない。

 歌うことが、彼女に出来る唯一のことだから。


 歌の調べに導かれるように、子供の身体を包む光が一層強くなる。
淡い、緑柱石の色彩にもよく似た、優しいあたたかな光。

 それが一体何なのか。
 彼女は考え、そして理解すべきだったのだ----

 ここが、D-Graymanの世界だと知っていたのならば。





『ミツケタ、ミツケタゾ、イノセンスッッ!!』

 突然飛び込んできた耳障りな音に、は歌を歌うことを止めて、顔を上げた。
上げた視線の先には、道化師の顔のような仮面をつけた数体の異形が虚空に浮かんでいる光景があった。

(”AKUMA”……!)

 千年伯爵の生み出した、生物兵器。
人間を殺し続けることだけを目的に生かされ続ける、哀しき生物兵器だ。

 は無意識のうちに、腕の中にいる子供を更に強く抱き寄せる。
このまま尻尾を巻いて逃げる気など、彼女にはさらさらない。
子供の母親を殺めたであろう異形、その一体だけでいい。せめて一矢報いれぬものか。

 彼女の思考は、既に「戦う」ことを選択していた。
それは、死神として虚(ホロウ)と戦うようになってから、彼女が無意識に選ぶようになった選択肢。

 力があるのならば、自分に出来ることを成す。


『歌は、風に乗るモノ。風は世界を取り巻くモノ』

 腕の中の子供が、諭すように言葉を紡ぎ出す。

「世界を…取り巻く……」

『海は命の母、世界の天地を取り巻くのは……蛇』

 目を見張るの心中をよそに、子供は更に言葉を紡ぎ続ける。

 世界を取り巻くモノ。
 古ノルド語で、『大地を取り巻く蛇』を意味するモノ。

「ヨルムンガルド……、私の魂の半身…」

 無意識のうちに、の唇をこぼれ落ちる言葉。
それを耳にして、子供は年齢不相応の透明な笑顔を作り浮かべる。

『アナタが死者の鎮魂を望むなら、風は優しく死者を慰める。
アナタが破壊を望むなら、風はアナタを害する全てのモノを切り裂く』

 驚愕に目を見開いたへ、子供は淡々と告げる。

『守るよ…、アナタだけは守る。世界を彷徨う、優しい旅人さん。

この意志と力を以て、アナタには傷一つつけさせない』


 一際まばゆい光が、子供の全身を包み込む。
辺りに零れるのは真っ白い閃光、眩いばかりに煌めき輝くのは……イノセンスの光。

 子供の身体に触れている部分から、流れ込んでくるのは、子供の持つイノセンスの力。
象徴となるのは、あたたかて優しい、荒野を吹きゆく風のような清冽な流れだ。


『コイツ、テキゴウシャッッ?! 』

 いきなりとイノセンスが共鳴し合い始めたことに驚いたのか---当の本人も驚いてるが---、AKUMAたちはあからさまな動揺を見せる。
AKUMAに捕らわれた魂がまだ人間だった頃の面影を残しているから、彼らはレベル1のAKUMAたちだろう。


 彼女が望むならば、彼らを破壊することもたやすい。

 しかし、彼女が望んだのは------------


「イノセンス、発動」

 の言葉に応えるように、彼女の足下に光で描かれた一枚の絵が浮かび上がる。
一番上には鷹が留まる一本の大樹、大樹の根に囲まれた中には神々の世界と、光・黒妖精の国、小人の国、巨人の国、人間の世界が描かれ、その下には死者の王国と霧の世界、大樹から伸びる根を囓る悪竜の姿が描かれる。
宇宙を三重の構造として見た、北欧人の宇宙観を絵にした図だ。

 まるで魔法陣か、練成陣のように浮かび上がるそれを尻目に、彼女はゆっくりと顔を上げる。
その視線が捕らえるのは、イノセンスを狙って現れたAKUMAたちだ。


 彼女が望むのは、悲哀と死者の嘆き、呪わしき呪縛に拘束された魂たちを解放すること。


 思念に応え、取り巻いていた風が動き出す。
 風が吹きゆく光の中で、は再び口を開いた。

 死者を弔う、詩を詠うために-----




*後書き…
サンホラをイメージソングにDグレ夢を書こう!第一弾。
今回のイメージソングは、「11文字の伝言」。
この曲をリピートさせながら、半ば涙目状態でキー打ってました。
もう、いつ聴いても、この曲は涙なくして聴けません。
歌い手さんの声が、また、どうしようもなく良い……。
この歌を歌わせるなら、島唄唄えるこの子で!とBLEACH夢主を引っ張ってきました。
なので、若干※BLEACH→Dグレ要素も含みます。
実質、BLEACH→Dグレトリップ夢物語の始まりはじまり〜。
09/01/22 作品up
BACK
HOME
template : A Moveable Feast