■文明を伝えるモノ
思えば、新作のネタを練ろうと都心から離れたのが、事の発端だった。
田園風景や山々の緑に、都会の喧噪を忘れて癒されながら、ついでにインスピレーションも活性化させようと欲張ったのが悪かったのだろうか。いや、そんなはずはない。
箱根方面へ向かう小田急線は、海老名を越えた辺りから一気に片田舎に迷い込んだような風景が窓の外に広がる。馴染みのない田園風景を目に映し、ぼんやりと浮かんでは消えていくアイディアをとりとめなく湧かせながら、私は箱根湯本を目的地に目指していた。
電車に揺られること約一時間。無事に目的地に到着し、電車から外へ出てみたら………なぜかそこは土産屋の立ち並ぶ古い温泉街ではなく、美しい紺碧の水を湛えた海に面した小さな町だったのだ。
ありえない。全くもってありえない話だ。
だが、世の中はどこまでも不思議に満ちたもの。すなわち、「事実は小説より奇なり」。
私だって、夢であったならどんなによかったことか。
しかし全くもって残念ながら、私が『仮想19世紀のヴェネチア』に来たのは----悲しいことながら、現実。
でなければ、今頃私はここにいない。
まあ、AKUMAに襲われる前に、フロワ・ティエドール元帥(以降:師匠と記載)と会えたおかげで、正体もわからぬ謎の生命体(AKUMA)に殺される、という最悪の事態を回避出来ただけでもマシだった。
更に、偶然とはいえ私が『適合者』に選ばれたのも不幸中の幸いだった。おかげさまで出会い頭にAKUMAと遭遇しても、何も出来ないまま殺される心配はなくなったし、『エクソシスト』という職業に就くための資格が得られたのだから。
そんな経緯で。私ことは、師匠に連れられて、はるばる黒の教団までやって来て……現在に至る。
黒の教団ロンドン支部に到着し、身体検査を受けた後に通されたのは、当支部の最高責任者であるコムイ・リー室長の部屋だった。『部屋が書類の山に埋もれる』という表現があるけれど、コムイ室長の部屋はそれより更に凄い。なにせ部屋内が、完全に『書類の大海原』と化している。
よくもまあこんな状態で仕事が出来るものだ、と感心してしまった私を、どこの誰が責められようか。
当室の主である穏和な雰囲気を持った白衣の青年--コムイ・リーは、知性派美青年と言って差し支えない容貌の持ち主だが、存外に大雑把な性格をしているらしい。まあ、顔が良い=きれい好きという公式があるわけではないので、別段構いはしないのだが。
むしろ問題なのは、本来ならば私を監視すべき立場にいるはずのコムイ室長が、私の監視も持ち物検査もそっちのけに、【Loki】の様子を観察するのに夢中になっている点である。
言い忘れていたが、【Loki】というのは私が勝手に付けた愛称で、その正体は国内ブランドメーカー製のモバイルPCのことだ。物書きという職業柄、いつどこでもネタをメモれるように&僅かな時間も無駄にせず執筆に繋げるため、という二つの理由で、昨年の誕生日を記念に購入したのだが…。
今回、持ち主の私も彼(モバイルPC)自身も予想だに出来なかった思わぬところで、彼は役に立ってくれた。
すなわち、私に対する警戒心+猜疑心を逸らす『生け贄』として。
そうして、しばし己の思考に没頭していたところで、ハッと気づけば。【Loki】を観察する目の数が、いつの間にか倍増していた。というのも、別の用事でこの部屋を訪れた科学班のメンバーたちが、室長と一緒になって【Loki】をマジマジまじまじと観察していたからだ。
呆れるべきか驚くべきか。げに驚嘆すべきは、”科学者の知的好奇心”と言ったところか。
だが。当初の目的はあくまで『持ち物検査』。
そして、私も『モバイルPC』も200年以上の未来から来た、自称未来人なのだぞ?
コムイ室長、貴方、そのことをすっかり忘れてませんか?
と、いうのも。いくらティエドール元帥の証言があるとはいえ、私が『得体の知れない怪しさ大爆発の人間』であるのは確か。そもそも、いきなり現れて『異世界から来ました』と証言する人間を信用しろ、と言う方が土台無理な話なのだ。
一個人ならいざ知らず、黒の教団ほどの巨大な組織ともなれば、より信用される確率は低くなる。組織としての判断は、往々にして二つ。異分子を取り込むか、排除するか。
もしも私が『適合者』でなかったらならば、間違いなく即刻排除されていただろう。
私としては、不審+頭のおかしい人という妙なレッテルを貼られて、理不尽な罵倒やら嫌みやらをさんざん聞かされるであろうと構えていたのだが…。まさか、逆にここまで放置されるとは思わなかった。てか、放置されすぎじゃないのか、私。
私はチラと傍らの師匠を仰ぎ見るが、彼は苦笑いを浮かべて首を横に振っただけだった。大方彼が言いたいことはわかる。『今は何を言っても無駄だから、彼らのやりたいようにさせてやりなさい』というのだろう。
師匠らしいといえば、師匠らしい反応ではある。
事実、好きなモノに熱中する人間に対してモノを言ってみたところで、相手にしてみれば、面白くはなかろう。
かくいう私も、同じ「モノ創り」を職業とする師匠と話し出すと周囲のことを忘れて話し込む節があり、幾度となく乗る予定だった汽車に乗り遅れたり、降りるはずの駅で降り忘れた経験が過去に多数ある。なので、コムイ室長をはじめとする科学班メンバーたちの気持ちも多少わからないでもない。
とはいえ。
………先は長そうだなぁ(呆)。
結局のところ、コムイ室長が正気に返って---失礼な言い方ではあるが---本題に話を戻してきたのは、室長の実妹・リナリー嬢の好意で私たちがコーヒーをご馳走になっている最中……持ち物検査開始からおよそ一時間近く経った頃のことだった。
*後書き…
・唐突に「装備イノセンス:PCでエクソシストしてる子がいたらどうだろう?」と思いついて、書き上げてみた。
夢主はプロの物書きで、年齢は20代前半。日本国籍の異世界トリッパー。若干、腐女子気味。
エクソシストではありますが、科学班やコムイ、ファインダーとの接点も満遍なく用意できそうな予感。
説明文ばかりで、登場人物同士の会話がないため、話のテンポが悪い…(自分で言うか)。
やはりヒロインがトリップしてきた時のことは、別にお話を書くべきだろうか…う〜みゅ。
09/02/14up